• 調査・提言等発表資料
  • セミナーのご案内
  • 支部会・業種別部会のご案内
  • 労務相談Q&A
  • 研修ビデオの貸し出し
  • 採用適性診断サービス
  • メールマガジンのご案内
会員専用ページについて

会員企業の皆様は、ホームページからも、本会発表資料(賃金・賞与交渉状況、モデル就業規則、各種ガイドブックなど)がホームページ上でご確認いただけます。

『会員専用ページ』からアクセスしてください。

会員専用ページ

モデル賃金

次世代育成支援対策推進センター

会報

職場のメンタルヘルスにおける事業者の役割とメンタルヘルスケアの実際

愛知医科大学 医学部 衛生学講座 教授 小林 章雄

 社会構造の変化などにより、メンタルヘルスの問題に大きな関心が寄せられています。
 そこで、本号では職場におけるメンタルヘルスの問題について、うつ病など精神疾患の予防、対応策を中心に、愛知医科大学 小林章雄教授から解説していただきます。

1.はじめに

 職場におけるメンタルヘルスケアの充実は、職場の健康管理の最も重要な課題である。厚生労働省は平成12年8月に「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」(基発第522号)を策定した。こうした事業場におけるメンタルヘルスケアの導入と展開、推進には、事業者の果たす役割は極めて大きい。以下ではメンタルヘルスケアにおける事業者の役割について示し、メンタルヘルスケアの実際を述べる。

2.職場のメンタルヘルスケアで事業者が果たすべき役割

 事業者は、メンタルヘルスの意義を正しく認識し、メンタルヘルス対策のキックオフを宣言し、メンタルヘルス活動を計画的、継続的に支援する必要がある。

1)職場におけるメンタルヘルスの意義

 第1の意義は、心の問題が従業員の健康管理上きわめて重要なことである。厚生労働省の調べによれば、労働者の62%が、仕事上の悩み・不安・強いストレスを訴えており(2002年)、心の健康は従業員に共通の課題となっている。また、20-65歳の国民の1.4%が精神疾患で治療中である(平成11年度)。つまり、従業員1,000人の事業場では少なくとも10人以上の労働者が精神科疾患で治療中であり、受療していない人を加えると少なくとも20人弱は精神疾患に罹患している可能性がある。そのうち5〜7割はうつ病である。うつ病は、自殺と強い関連があり、平成10年以降の男性中高年労働者の自殺急増の主な背景要因になっている。こうしたことから、心の健康問題を一部の従業員の特殊な問題として過小に評価することなく、健康管理上の重要課題として認識する必要がある。
 第2の意義は、心の健康が仕事の質や生産性、労働コストなどに密接に関連していることである。質の高い製品やサービスを開発・製造する仕事は、従業員の良好なメンタルヘルスなしに遂行は不可能である。仕事のストレスによる労働力損失は全労働コストの10-20%以上に達し(川上,99)*1、ストレスが高い状態あるいはうつ状態があると、個人の医療費が年間8-18万円高くなる(Goetzel,98)*2とされる。一方、試算によれば、従業員100名、平均賃金300万円、うつ病の有病率2%、うつ病の人が年間50%欠勤すると仮定すると、損失は年間300万円である。これに対して、対策コストを1人1万円、専門家3〜6万円×5日、総コスト115〜130万円をかけて、メンタルヘルス対策を実施し、うつ病による損失が75%軽減したとすると、差し引き95-110万円のプラスになる。これらより、職場のメンタルヘルスが企業活動に多く貢献し得る点に注目すべきである。
 第3はリスクマネジメントとしての意義である。厚生労働省は平成11年9月に精神疾患と自殺の労災認定の判断指針を公表した。この指針では、仕事上での大きな出来事があって半年以内に精神障害や自殺が起きた場合には労災の対象になることが示された。例えば、仕事上で会社に損害を与えるような大きなミスをしてしまった人が、半年以内にうつ病を発病したような場合、また、ノルマの達成が困難な状況が続き、遅くまで残業をした後、半年以内に自殺した場合は労災認定の指針にあてはまる。この認定指針が公表されてから、精神障害や自殺の労働災害申請と認定件数が急増し、精神障害の労災認定件数は平成10年度の4件から平成14年度には100件に達した。また最近、事業者が労働者を安全に労働させる民事上の義務(安全配慮義務)の責任を問う民事訴訟が増加している。事業主の安全配慮義務不履行が争われた過労自殺の例として有名な電通事件は、大手広告代理店に入社して2年目の社員が、睡眠時間が30分〜2時間30分の日がつづき、休日もほとんど出勤するなどの後、うつ病の症状が現れ、自宅で自殺した事例で、遺族は会社側が安全配慮義務を怠ったとして提訴し、最終的に1億6,800万円で和解している。こうした多くの事例では、安全配慮義務を怠った場合には、民事上の損害賠償責任として1億円以上が支払われることが多いこと、業務上過失傷害などの刑事責任を問われることがあること、営業停止に伴う経済的損失や社会的信頼の失墜、訴訟になった場合の社会的評価の失墜など、重大な損失を被ることなどが見てとれる。職場のメンタルヘルス対策はこうしたリスクを未然に防ぐ有効な手段である。

2)メンタルヘルス対策のキックオフ宣言

 事業者が自らメンタルヘルス対策の開始を表明し、その方針を明確に示すことほど職場のメンタルヘルスケアの展開にとって効果的なことはない。方針の表明は、事業者が会社の方針として表明する場合のほか、人事・労務・福利厚生部門あるいは衛生委員会の方針に対する支持の表明でもよい。方針に含まれる内容として、@メンタルヘルスケア対策に会社を挙げて取り組むことAメンタルヘルスは一部の人の特殊な問題ではなく、従業員すべてに関係した共通の問題であり、隠しだてすることなく風通しの良い対策を進めることB個々の問題への対応で終わるのではなく、システムとして解決を図ることC担当者や専門家に任せきりにするのではなく構成員がそれぞれの立場で積極的に参加すべきことD個人のプライバシーについて事業所としてしっかりした保護の方針を堅持することなどが盛り込まれているとよい。

3)活動の継続的・計画的な支援

 事業者は、職場のメンタルヘルス活動の推進と維持に必要な財政上・人事上・就労上の措置をとる。また、事業場全体にかかわる問題(たとえば労働時間管理など)に適切に対処することが求められる。

3.メンタルヘルスケアの実際

1)相談体制の確立

 個人のプライバシーに配慮した相談体制を確立するために以下のような事項をおこなう。
@相談担当者を決め、周知する。相談担当者は医療法による守秘義務のある産業医、保健士、看護士などがのぞましい。人事・労務に対しても相談者の秘密の保持を明示する。
A相談にのってもらえる専門家を確保し、医療機関への紹介の必要の有無に関する専門的判断や紹介先の選定、受診のさせ方などについて助言を得る。EAPや地域精神科医療機関などと契約したり、産業保健推進センター、地域産業保健センター、精神保健福祉センターなどを必要に応じ活用する。
B管理監督者の教育・研修をおこなう。社内のメンタルヘルス体制や相談窓口の存在と利用法について周知する。自殺など、放置すると深刻な事故やトラブルの起こる可能性のある精神疾患の徴候、メンタル不全者に対して管理監督者としてなすべきこと、してはいけないことの基本的事項を修得してもらう。
Cよい医療機関を確保する。都道府県の精神保健福祉センターから、地域ごとの医療機関のリストを入手する。その他、カウンセリング機関、自助グループ(アルコール、DV、拒食・過食症の会など)についても情報を得ておく。
D医療機関(受診先)との連携をとる。紹介状によって情報を提供する。本人の同意を得て連絡をする。主治医に会社の復職システムやルールを説明する。(受診時にパンフレット等を持参させる)

2)職場復帰の支援・相談システムの確立

 休職していた従業員が復職するまでの手順やルール、復職後のフォローのシステムを決めて周知しておく。また、家族や主治医にも情報を提供しておくとよい。復職の判定では、本人の意思の確認、主治医の復職可能の診断書、家族からの情報が揃った所で、本人と職場の上司、本人と保健スタッフ、あるいは3者が面談する。最終的に産業医が復職可否の判断、勤務制限の有無、フォローアップの頻度などを決定する。必要に応じて専門医等による助言とサポートを得る。復職後の一定期間は保健スタッフが本人、上司と面談し、状況を把握して勤務制限を解除したり、勤務の再調整をおこなう。
 復職後1-2週間では通院中のことが多く,再発の危険性が高いので残業・出張を禁止し判断業務を避け,仕事への適応を図る。復職2-3ヵ月後では、通院中が多いが治療終了のケースも見られる。残業・出張制限を段階的に解除するが、遅れを取り戻そうとする本人と、大丈夫と楽観視する上司が仕事量などを増やしすぎて再発することもある。復職後数ヵ月からそれ以降は治療を中止している例が多く、作業の適応がほぼできている。再発の早期発見のため、本人、上司が再発のサインなどについてよく理解しておくようにする。職場での甘えや甘やかしなどの有無についてもチェックしておく。

3)作業環境の改善

 労働時間、仕事の量と質、職場の人間関係等の作業環境の改善を通じたメンタルヘルス対策をおこなう。そのためにはまず職場環境を評価する必要がある。評価の方法としては、社内コミュニケーションなどから日頃得られる情報、職場巡視などの際に得られる情報、健康診断結果や労働時間、残業時間などの客観的データ、標準化されたストレス調査票(職業性ストレス簡易調査票)を用いるなどの方法がある。職業性ストレス簡易調査票の12項目から、仕事のストレス判定図を用いる手法もよく用いられる。明らかになったストレス要因について吟味し、改善可能なものについて優先順位をつけて取り組む。これまでに報告された一例として、あるVDT職場では、職場の2面が大きな窓になっていて監視された状態のためストレスが増加し、目に関する訴えが多かった。2面を風景画の壁にしたところ自覚症状は改善したなどの例がある。

4)教育・研修

@従業員向けのセルフケア支援
 従業員が自分のストレスや状態に気づき、必要に応じて自発的に相談できるように教育する。ストレスへの気づき方、ストレスへの対処の方法、自発的な相談の有用性、事業場内の相談先及び事業場外資源に関する情報、メンタルヘルスケアに関する事業場の方針などを学ぶ。
A管理監督者向けのラインによるケア支援
 部下の働き方や作業環境について配慮し改善する、部下の状態を把握し相談にのる、必要な場合には専門家に相談するなど、管理監督者が行うべきことを教育・研修する。1)のセルフケアの項目に加えて、プライバシーへの配慮、職場環境等の評価及び改善の方法、労働者からの相談の方法(話の聴き方、情報提供及び助言の方法など)、事業場内産業保健スタッフ等及び事業場外資源との連携の方法、心の健康問題を持つ復職者への支援の方法などを学ぶ。

5)マニュアルやパンフレット,カードなどの作成と配布

 職場のメンタルヘルス対策を円滑に運用するために以下のようなものを用意しておくと便利である。従業員及び管理監督者用には、ストレスについての気づきや対処についてのヒント、メンタルヘルスに関する相談の利用方法、連絡先、プライバシーの保護についての方針などの内容が記載されたパンフレットや携行用のカードなど。管理監督者用には、復職復帰までの手順と復職後フォローのシステム図など。受療中の本人・家族・医療機関用には、会社のメンタルヘルス体制の概要(担当者休職・復職、フォローシステムやルールなど)を示すパンフレット類などを整える。

6)心の健康のためのストレス対処能力の向上とコミュニケーションスキル

 従業員の心の健康問題の発生には、仕事の要因ばかりではなく、本人の性格や行動(過剰適応型、自信欠乏型、完ぺき主義型、タイプA性格など)、人との対応や協調性、自尊心、家族や友人との人間関係、生活習慣(アルコールや薬物依存)などが強く関与している。日ごろからこれらの特徴を把握しておくとともに、ストレスを溜めにくく、ストレスをうまく解消できるような対処能力を高めておくことが必要である。また、日常と違う表情や行動、状況にそぐわない発言や行動を周囲がすばやく気づくこと、気づいたら早めに声をかけ、話をよく聞くこと(傾聴)、うつ病が疑われるような場合には、叱咤激励をせず、受診を促したり、専門家に相談することが重要である。さらに、自殺等の緊急事態が懸念される場合には、複数の人間で対応し、本人を一人にすることなく速やかに専門家につなげる必要がある。いずれにしろ、日ごろから相談しやすい職場の雰囲気や、上司・同僚への信頼感を醸成しておくことが何より大切である。

4.おわりに

 職場のメンタルヘルスケアに果たす事業者の役割は極めて大きい。職場におけるメンタルヘルスの意義が正しく理解され、メンタルヘルス対策の導入と、計画的・継続的な支援によって、風通しの良いシステマティックなメンタルヘルスケアが進展することを切に願うものである。

*1:産業医学ジャーナル22巻5号 51−55、川上憲人、原谷隆史著、1999の論文で職業性ストレスによる労働力損失には疾病休業、作業能率の低下、休んだ労働者の補充コスト、転職などがある。職業性ストレスが高いものでは疾病休業が1.4〜2倍多いことから、職業性ストレスによる疾病休業の増加分は10〜20%と計算されるとしている。

*2:Goetzel RZ、 Anderson DR、 Whitmer RW、 Ozminkowski RJ、 Dunn RL、 Wasserman J.
The relationship between modifiable health risks and health care expenditures. An analysis of the multi-employer HERO health risk and cost database. The Health Enhancement Research Organization (HERO) Research Committee.J Occup Environ Med. 1998 Oct;40(10):843-54.
の論文で、46、026人の労働者を3年間フォローアップしたところ、うつ病がある場合の医療費は3189ドル、ない場合には1679ドルであった。また、高ストレスの場合2287ドルでストレスが無い場合1579ドルであった、という結果が示されている。