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「安全をすべてに優先せしめる」

株式会社 川瀬電気工業所 代表取締役社長 川瀬  達(かわせ とおる)

株式会社 川瀬電気工業所 代表取締役社長
昭和29年 7月 生まれ
昭和52年 3月 明治大学 政治経済学部卒業
同 年    4月 株式会社 大崎入社
昭和53年 10月 株式会社 川瀬電気工業所入社 東京支店勤務
昭和56年 12月 同社 取締役
昭和60年 10月 同社 常務取締役 東京支店長
平成 2年 4月 同社 名古屋本社
平成 9年 1月 同社 代表取締役社長
現在に至る

 愛知県経営者協会の会員の皆様には日頃より何かとご指導を賜り、有難う御座います。この誌面を借りてお礼を申し上げます。
 まず、当社・株式会社川瀬電気工業所の成り立ちを簡単に申し上げますと、昭和22年7月に私の父、川瀬正一が終戦により、満州より引き上げて来て当地名古屋で電気設備工事会社を興したのが創業でございます。父の昔書いた文章を読んだり、老齢なれどまだ健在な母の話を聞くと、当時は物資も少なく、名古屋市内はもとより市外までも自転車で現場に通う状況であったようです。そういったなか、父の旧制第六高等学校、東京工業大学の学生時代の先輩、同輩、また先ほど申しました旧満鉄のお仲間の皆さまにご支援を賜り、徐々にお客様も拡がり、現在、拠点はこの名古屋、東海地区で50%強、首都圏で40%弱、関西圏で約10%という構成で完成工事高が約60億円の施工業者であります。
 私は、昭和62年の父の逝去後社長になった兄が病で急逝しまして、平成9年よりこの職に就いております。父には私が幼少の頃から口うるさいながらも、今となれば、こういうことだったのかと思うことが多いのですが、私が当社に入社して、まず父が私に言ったのは「企業というものは無論儲けなきゃいかん。しかし、それよりも何よりも大切なのは人身、即ち安全である。特に当社のような工事屋においては」と言う言葉であります。
 当時は何だ、当たり前のことではないかと思い、さほど実感は無かったのですが、それが身をもって分かったのは、昭和62年に私が東京支店長になった直後、茨城県の工事現場で当社の下請けさんが転落事故を起こした時です。 一時は生死をさまよい、結局命はかろうじて助かったのですが、その方は現在一級障害者と聞いております。命が助かった結果言えるものの、この事故で多くの皆様にご迷惑をかけ、また、その対応に膨大な時間等を費やしました。しかし、何よりも一命を取りとめたことが不幸中の幸いでした。この事故を経験せねば、今の私の安全に対する認識は希薄ではなかったかと感じております。
 表題の「安全をすべてに優先せしめる」は、やはり父が創りました当社・社訓の第一に掲げてあるもので、私は自室でこれを見るたびに、企業は利益を出さねばならないが、それよりも何より、まずは「安全」が優先であると気を引き締めております。会員企業のお会社に置かれましては、特に建設関係の皆様は、何だ、当たり前のことではないかと感じられると存じます。しかし、この経験により今の私があると常々思っております。
 当建設業界は、公共投資の激減、そして特に当地・名古屋においては中部新空港、そして愛知万博の2大プロジェクトが終了した現在、その反動による空洞化が懸念されると申しますか、そのリアクションは確実に来ている現在、如何にして限られたパイの中で生き延びて行くかを模索する毎日でありますが、この「安全をすべてに優先せしめる」を何時も心に置き、若輩の私ですが当社の経営を続けて行きたいと思っております。

(次号3月号は、ジャパンベストレスキューシステム株式会社 取締役社長 榊原暢宏様にお願い致します。)