「トヨタで学んだもう一つのこと そして東海理化での実践」
株式会社 東海理化 代表取締役社長 木下 潔(きのした きよし)
| 昭和19年 7月 生まれ | |
| 昭和42年 3月 | 京都大学 経済学部 卒業 |
| 同 年 4月 | トヨタ自動車工業株式会社(現トヨタ自動車株式会社)入社 |
| 昭和62年 2月 | NUMMI 生産管理部長 |
| 平成 5年 1月 | トヨタ自動車株式会社 第4車両部経営企画室長 |
| 平成 6年 1月 | 同社 堤工場工務部長 |
| 平成 8年 6月 | 同社 生産管理部長 |
| 平成 9年 6月 | 同社 常勤監査役 |
| 平成12年 6月 | 株式会社 東海理化 取締役副社長 |
| 平成16年 6月 | 同社 取締役社長 |
| 現在に至る | |
トヨタ自動車(株)監査役から副社長として(株)東海理化へ移った2ヵ月半後の2000年9月、この地は「東海豪雨」水害に見舞われ弊社発祥の地である西枇杷島町全域が冠水し、弊社の工場も生産設備や部品、製品などが1.5メートルの水に浸かった。
早朝の連絡で被災を知り慌てて大口町の本社にたどり着き、情報収集を指示すると共に災害対策本部を設置、本部長として私が陣頭指揮を執ることになった。同時に最大のお客様のトヨタに状況を伝え併せて支援をお願いした。翌日にはトヨタ、ダイハツの復旧応援要員が大挙駆けつけ、猛烈な勢いで作業を進めてくれた上に、トヨタからは発電機、仮設トイレなど地域支援も含めた大量の資機材、物資を支援いただいた。
陣頭指揮にあたり、トヨタ時代の多くを生産管理畑と工場で過ごし、サンフランシスコ地震や阪神大震災などで生産管理部員、対策本部員として学んだトヨタの教えが、おおいに私を救ってくれた。最初の経験は30年程前、清水市の小糸製作所が冠水し生産管理部の尖兵として調達部門の人と現地に向かった。大渋滞で車は進めず2時間近く歩いて現地入りし、短時間で工場を見、話を聞きすぐさまトヨタ本社に報告した。「しばらく生産は難しそうだ」と。
その報告から、当時生産管理部担当の大野(耐一)副社長は即刻2直の生産を止めた。私のような若造の短時間での不確かな情報が生産を止めたことに責任と焦りを感じ本社に戻って確認すると、「常々在庫を少なくしろ、ジャストインタイムだと教えているのだから、こんな時こそラインを止めることが大切だ」とのことだった。大野氏の「ラインを止めねば生産方式の実践に反し、在庫を持てと言っているのと同じだ。また被災した町や会社の方々のことを思えば生産は続けられない」という教えを実践で学んだ。
二つ目の教えは、災害時にはまず「スピード第一」で物事を考えること。復旧では「製品の品質」と「作業の安全」は不可欠だが、さらに「スピード第一」で極力お客様に迷惑を掛けない。そのためには現場での決断が必要となる。たとえ人や金の投入であっても、トップの判断や決裁を待たず現場のリーダーが自らの判断で即決できるよう、トップの信頼を得ることが肝要である。対策本部に刻々と変わる情報を貼り出し、常に最新の状況や判断の妥当性をトップに理解してもらえるようにして、トヨタで対策本部長を勤めた阪神大震災やアイシン火災、そして東海豪雨でも都度迅速な決断ができたと思っている。
次に、「自社を優先するな」。復旧支援はトヨタのためではなく、支援先のお客様がみな同時に再開できるよう努力しろと教えられ、そのようにやってきた。東海豪雨でもどのラインも同じように復旧させたが、あるお客様だけが約束を果たせず大変迷惑をお掛けしたが、私達の必死の努力を評価してくださり、その後も良い関係を続けていただいている。
そして「自分達のことだけを考えるな。常に世の中の人、地域の人のことを考えろ」。サンフランシスコ地震の際NUMMIの生産管理部長だった私は、工場の被害が小さくラインを動かそうと考えたが、テレビで被災地の状況を知り、動かしてはならないと判断した。人間の常識から外れていると思ったからだ。阪神大震災もテレビで惨状を見て、この町を完成車の載ったトレーラーが走っていてはおかしいと、早めに全ラインを止めた。
地域支援は生産復旧と同等以上に大切で、東海豪雨では現場から住民が困っているとの報告を受け、本社社員を大勢派遣し1週間程町全域の災害ゴミ回収に協力した。またトヨタから借りたボート4艘を町や警察にお貸しした。役場や住民に大変感謝され、その後の町からの信頼に繋がっている。
この他にも、極限状態で携わる人達が少しでも睡眠時間をとるよう常に気を配ること、復旧活動が終った段階で関係者全員を慰労し心のケアをすること、事実を正しく報道してもらうため広報担当は常に本部長と連携しマスコミにきちんと対応すること、などいろいろな教えを受けて実践してきた。
弊社に来て日の浅かった私は、こうした実践を通して多くの役員、社員から報告や相談を受け指示を出し、一緒になって対策を練り、時には怒鳴り飛ばしもしたが、寝食を忘れて皆で頑張った結果、弊社の強み弱みを肌で感じ、多くの人と気心が通じて距離が縮まり、やっと東海理化の仲間になれた、と実感することができた。これもトヨタでの教えを弊社で実践して得られた、もう一つの宝物と感謝している。
(次号11月号は、株式会社エムアイシーグループ代表取締役 三浦康彦様にお願い致します。)


