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私は「徘徊人」

アイシン開発株式会社 代表取締役社長 鈴木 泰寛(すずき やすひろ)

アイシン開発株式会社 代表取締役社長
昭和17年 5月 生まれ
昭和40年 3月 名古屋商科大学 卒業
同 年    4月 新川工業(現アイシン精機)に入社
昭和45年 ブリュッセル事務所駐在員
昭和57年 海外駐在から帰任し、秘書室主担当
豊田稔氏、中井令夫氏、伊藤清氏、相木茂男氏、豊田幹司郎氏の歴代トップに仕える
平成 5年 取締役原価企画部長
平成11年 常務 広報・渉外部、人材開発部、付属機関担当
平成14年4月 アイシン開発(株) 副社長
      5月 代表取締役社長
現在に至る

 我が社の社員には毎日「そろそろ社長の徘徊時間だ」と言って席を立つ人間と席に戻る人間がいる。誰が“徘徊”と名づけたかは知らないが私はこの言葉が好きだ。私がアイシン開発の社長に就任して3年、毎日オフィスの各フロアを順番に回ることを習慣にしているため出来た社員の習性である。社員としては覚悟を決めて待つか、「宿題を貰うのはかなわない」と思って社長との遭遇を回避するか思案のしどころというわけである。

 私がこのような“徘徊”をするのは、社長業は担当がないので暇だからである。就任1年目は会社の実態を把握するために徘徊した。2年目からは業績のチェックとフォローのために、3年目には経営理念を一新し、自分の意図、方向づけがどの程度浸透しているか確認するために“徘徊”するようになった。私は「企業の成果=(個人の能力+意欲)×環境」であり、社長の役目は成果を上げるための“後押し”でなければならないと考えている。会社を回りながら、人と話し発破をかけ、自分の考えていることを伝え、現在の能力に磨きをかけ将来の能力を取得させるべくチャレンジ精神を引き出すことに努めるのであるが、対話だけでは説得力は十分ではない。個人の能力と意欲はそれを取り巻く環境の構築次第で倍加するのであり、私は“職場環境”と”家庭環境”の2つをうまく整えることに常に腐心している。

 一つ目の職場環境について言えば、幹部が率先垂範して変化に対して挑戦していく高い士気を醸成し刺激し続けることが大事である。その手段の一つとして、私は感銘を受けた本やエッセイを幹部社員に回覧している。自らを省み、現状に満足せずチャレンジングな姿勢を鼓舞するような刺激的な本を示し、共感させ意識の高揚を図るのである。最近の印象的な本では、中村邦夫氏の「“幸之助神話”を壊した男」、石井住枝氏の「トヨタのできる人の仕事ぶり」といった本を題材に“徘徊”の場で幹部社員に語り掛けている。一昨年の合併10周年に際しては、 “自助自立”の精神の重要さを説く英国のサミュエル・スマイルズの名著「自助論」を役員以下全員に配布し、新たな10年に向けて立ち向かうよう全員の自覚を促した。

 また私は昇格制度も部下を育成し上司が成長する節目の場であり人材育成の一環と捉えている。すなわち昇格選考の場は設けるが、一事業部が自信を持って昇格推薦してきた者はすべて合格としている。人材育成の場なので、ここでは担当役員による支援もOK。加点主義により組織全体が成長していくような環境づくりをしているのである。

 二つ目の家庭環境への配慮も大事である。社員の家族に我が社は「こんな会社ですよ」と理解させ、誇りを持って貰い、家族が支援してくれる環境を作ることは社員が力を発揮するための最高の拠り所になる。そのために私は社員の家族に向けても様々な情報を発信している。

 例えば新聞や経済誌等当社が取り上げられた記事をコピーして家庭に送付、「こんなことがありました。こんな評価を頂きました」と語りかける。また休日、連休の工事従事者の家族には「ご苦労様です」、昇格者の家族には「おめでとうございました。ご家族で祝ってください」と食事券を送付、会社、社員、家族の一体感の醸成にも心を砕いているのである。

 日々、会社を回りながら、誰彼構わず語り掛け、こういった私の考えが意図する方向へ動いているのか、語り会いながらその反応を確かめ、成果を確認する。“徘徊”の醍醐味である。

 ところで社長業は暇だと言ったが、実は私の一番大きな仕事はアフターファイブにある。つまり、お客様や幹部社員との食事である。これは、いわば社外での“徘徊”といっても良い。食事は人をリラックスさせる。私の思いも相手の思いも忌憚なくスムーズに交換できる。ゆったり打ち解けた雰囲気の中で私の真情を吐露し、相手の真意を掴み取る。このアフターファイブは経営の方向づけをするための重要な情報を感知し、又重大な決断もしなければならない、社長としての大事な使命を果たす場と考え、日々5時からの社長の職務に励んでいるのである。

 そしてもう一点、頭に叩き込んでいることがある。それは事業部ごとの限界利益、事業部利益、営業利益、キャッシュの状況である。これらについて事業部を叱咤することを怠らない。目標はクリアできるか、その方策はどうか。 “徘徊”の場での重要なチェック事項である。ここをきちんと押さえておきさえすれば良い。後は徹底的に権限委譲して事業部の主体性を発揮させるのである。

 思えば、結局私は人との語り合いが好きなのである。我が社の社長室は常にオープンであり、役員、部長であろうが、新入社員であろうが、いつでも尋ねて来て良いことにしてある。私は常にあらゆる場面を捉えて人に語りかけ思いを伝え、相手の反応を楽しみ、ともに成長していきたいと考えている。企業においては、それを構成する個々の人間の心が変われば行動が変わり、行動が変われば製品、技術、技能が変わってくる。そして結果として成果が変わってくる。人間の成長、企業の成長を楽しまなければならない。社長に就任して4年目に入る今、元気の良い会社になりつつあることを喜びながら、一段の高みに向けて今日も新たな刺激を楽しみ“徘徊” しようと思っている。

(次号8月号は、オーキス・ジャパン 株式会社   取締役社長 堀田喜久様にお願いします。)