「福岡県西方沖地震」を体験して
清水建設株式会社 名古屋支店 常務執行役員 支店長
宮崎 隆光(みやざき たかみつ)
| 昭和23年 12月 生まれ | |
| 昭和46年 3月 | 日本大学 理工学部建築学科 卒業 |
| 同 年 4月 | 清水建設株式会社 入社 |
| 平成 7年 10月 | 同社 建築本部 統合生産推進部長 |
| 平成 9年 8月 | 同社 東京支店 建築第1部長 |
| 平成12年11月 | 同社 九州支店 副支店長 |
| 平成13年12月 | 同社 九州支店長 |
| 平成14年 6月 | 同社 執行役員九州店長 |
| 平成16年 6月 | 同社 常務執行役員 九州支店長 |
| 平成17年 4月 | 同社 常務執行役員名古屋支店長 |
| 現在に至る | |
「天災は忘れた頃にやってくる」
「備えあれば憂いなし」。
先般、3月20日午前10時53分に発生したマグニチュード7.0、玄海灘を震源とする「福岡県西方沖地震」は、改めて私にこれらの言葉を思い起こさせました。
当時、九州支店長であった私は、福岡空港から福岡市内に向う車の中で、「ドーン!」と突然大きな揺れを感じました。この地域で大地震が発生するという概念がなかった私は、正直何が起こったのか咄嗟に把握できませんでしたが、大地震の発生だとわかり、直ちに支店内に震災対策本部の設置を指示、対策本部長として本社などと連携しながら、現地で指揮を取りました。
当日は、あいにくの三連休の中日、それでも主だった社員はすぐに対策本部に駆けつけ、昼前までには体制を整え、従業員と家族の安否確認、建設現場や会社施設の安全確認、得意先施設の状況確認を開始しました。そして、当日の17時までには建設現場や会社施設の無事を確認、翌朝までに全従業員とその家族の無事を確認、得意先に関してはリストを作成して被災状況を確認、5W1Hによって、随時対応状況のフォローを行いました。得意先の中には、建物や設備に軽微の破損が生じたところもありましたが、21日夕方には、個別対応での復旧作業に切り替え、震災対策本部を解散させることができました。
弊社では、地震防災マニュアルに基づき、定期的に訓練を行っており、今回はそれがうまく活かされました。しかし、もっと大きな地震が、深夜にでも起こっていたら、組織として早く機能できたかどうか、心配になります。
今回の地震に限らず、昨年10月の「新潟県中越地震」なども、もともと地震が少ないと言われていた地域で発生しました。「阪神淡路大震災」から早や10年、多大な犠牲と被害の記憶が薄れつつある昨今、津波被害も含めて、日本列島に住む限り、私たちには、安全な場所はないということを、今一度肝に銘じるべきでしょう。
とくに中部地方では、今後30年以内の東海地震の発生確率は86%、東南海地震の発生確率は60%とも言われており、決して油断ができない状況にあります。
中部地方はモノづくりのメッカ、とりわけ中部圏の経営者の方々にとっては、重要なビジネス機能を中断させないように、事前に方針や手順を決めておく、BCP(事業継続計画)の観点から、地震対策を検討されることが有効ではないでしょうか。
さて、「福岡県西方沖地震」から10日後の4月1日付で、私は名古屋に参りました。名古屋は、私が新入社員から足掛け6年弱お世話になった思い出の地、仕事面において厳しく鍛えてもらい、未熟ながらも社会人としても育んでもらいました。今でも私の原点は、この名古屋にあると思っています。
その意味で、微力ではありますが、皆様のお力添えを頂戴しながら、これから名古屋に、どのような恩返しができるかを、思慮しているところであります。
(次号7月号は、アイシン開発株式会社 取締役社長 鈴木 泰寛様にお願い致します。)


