「アテネ・オリンピックが終わって」
大同メタル工業株式会社 代表取締役社長 判治 誠吾(はんじ せいご)
| 昭和17年1月2日愛知県生まれ | |
| 昭和40年3月 | 慶応義塾大学 法学部卒業 |
| 同 年 4月 | 大同メタル工業株式会社 入社 |
| 昭和55年4月 | 同社 東京営業所長 |
| 平成3年 4月 | 同社 経営企画室 経営企画センターチーフ |
| 平成5年 4月 | 同社 第三事業部副事業部長 |
| 同 年 6月 | 同社 取締役第三事業部副事業部長 |
| 平成6年 4月 | 同社 取締役第一事業部長 |
| 平成7年 6月 | 代表取締役社長 |
| 現在に至る | |
アテネ・オリンピックが終わった。皆さん各々(それぞれ)、感動と失望、興奮と落胆、夢、勇気、希望等々の思いを交えながらテレビ観戦されたことであろう。斯くいう私も寝不足と戦い暑い夏の夜を過ごした。紙面の制約もあり、以下三点ほど雑感を述べたい。
まず、入場式についてである。アテネに限ったことではないが、これを‘大人の遊戯会、学芸会’と見るのはあまりに皮肉な見方であろうか。しかもこの遊戯会、毎回、派手になり、エスカレートしている。こんな事に金を掛けず、もっと簡素にやってはどうか。
今回のアテネでも随分と審判による誤審があった。この金を審判団に対する教育、訓練あるいはもっと正確を期すための機械化に掛けるべきと考える。
又、これも毎回、思うことだが入場式に選手以外の役員などと思しき人達が入場するのは如何であろうか。第一、出場もしない人がよく臆面もなく入場行進するものだ。
中には、小国で選手1人にその他6、7人での入場もある。これなどは選手一人が国旗を持って、胸を張って入場した方がよほど感動的と思うのは私一人であろうか。
次に男子マラソンにおいてトップを走っていたブラジルの選手が37キロ地点でアイルランドの狂信者に妨害された事件。デリマ選手がそれまでに、どれほど辛い練習をしてきたことか、そして言わば人生を賭けてレースを戦っていたか。それをたった1人の心ない人によって、台無しにされてしまった。しかし結局三位で競技場へ入ってきたデリマ選手の陽気さ、そしてレース後の彼の発言「金(きん)でなくてもよい。メダルが取れたのだから」という大らかさが多少の救いとはなったが……
昨年、アメリカでベストセラーとなったダン・ブラウン著の「天使と悪魔」にあるように、宗教と科学の確執、狂信的なキリスト教信者については多神教そして今や無宗教状態の我々日本人には理解を超える事柄でもある。
三つ目は男子二〇〇Mバタフライで山本選手が見事、銀メダルをとったことである。27歳という競泳選手としては高齢での快挙に素直に「おめでとう」と言いたい。
しかし私は今は彼の妻である千葉すず選手のシドニーオリンピック選考時で日本水連がとった不明朗、不愉快な経過、結果を思い出してしまった。ご存知のように千葉選手は女子二〇〇M自由形の代表選考会で五輪代表参加A記録を突破し、見事、優勝した。ところが日本の水連は「世界8位の記録に入っていないので、シドニーへ出てもメダルの可能性がない」との理由で千葉選手を選ばなかった。代表選考会に優勝し、しかも水連の定めた五輪代表参加A記録を突破したのに……
「世界8位以内の記録」云々を後から持ち出すなら、何故、最初から言わなかったのか?元々、そんな事は後からの理屈づけで、千葉選手の日頃の言動が反水連、他の選手との協調性がない等々、気分の問題でこんな決定をしたと思われ、誠に腹立たしく納得できなかったことを思い出す。千葉選手が「美人だから、可愛いから」言っているのでは決してなく、水連の公平性、透明性、明確性に問題があると思ったのである。
(次号12月号は、株式会社みずほコーポレート銀行 執行役員 名古屋営業部長 伊藤 薫様にお願い致します。)


