「『南ア』逍遥」
瀧定名古屋株式会社 代表取締役社長 瀧 昌之(たき まさゆき)
| 昭和36年11月14日生まれ | |
| 昭和59年3月 | 慶応義塾大学 経済学部卒業 |
| 同 年 4月 | 三菱商事株式会社入社 |
| 平成12年8月 | 瀧定株式会社入社 |
| 平成13年8月 | 会社分割により瀧定名古屋株式会社に商号変更 |
| 平成14年8月 | 瀧定名古屋株式会社 代表取締役社長 |
| 現在に至る | |
サッカー2010年ワールドカップの開催国が南アフリカ共和国に決まりました。新聞では略して「南ア」開催決定などと書かれているのを眺めるうちに、ふと私の中の「南ア」が鮮やかに蘇ってきました。
南半球の「南ア」には飛行機で一日あれば着けますが、日本の「南ア」に辿り着くには三日かかります。「南アルプス」の略称で、正式には「赤石山脈」と言い、静岡県から長野県にかけて盟主赤石岳を始め3千メートル級の山々が連なった、日本の背骨とも言える雄大な山岳地帯です。
最初に私が「南ア」に出会ったのは大学入学間もない頃、部室の壁に「連休プラン」と銘打って南アの概念図が大きく張り出されていた時でした。まだ見ぬ山への憧れと未知への恐れとがごっちゃになりつつ、マジックで描かれた尾根や谷筋を飽かず眺めていましたが、なんら経験もない私は結局留守番でした。一年後の五月連休にはいよいよ南アを目指します。夜行で東京を発ち降り立った山あいの集落からは、赤石岳から押し出される雪解け水に腰まで浸かりながらの渡渉です。水から上がっても暫く足腰が凍り付き息も止まらんばかりです。これを一日中、何十回も繰り返して漸く登山口に辿り着きます。次の日は一転してひたすら森の中の登りです。更に次の日、東京を出て三日目にして漸く頂に立ちます。空の突き抜けるような青さと白く輝く残雪、怪しく黒光りする岩肌、そして眩いばかりのブナの新緑。これらのコントラストの美しさには、ただただ見とれておりました。
最後に南アへ出掛けたのは十年ほど前の初冬。雪が舞う灰色の空と早くも雪で覆われた樹々。春とは一変して山全体が水墨画の世界でした。ある夜トイレに行こうとテントを出てみると、季節風が収まり月の光が実に青く冴え冴えとしています。誘われるように暫し南アの夜の森を徘徊すると、鹿の声が辺りにこだまし、森の奥からは光る目がこちらを窺うなど、実にさまざまなものの気配が感じられます。相棒の都合が付かず仕方なく独りで山に入り、結局一人の登山者とも出遭えなかったのですが、なぜか孤独感はありませんでした。
近年環境意識や自然保護への関心が大きな高まりを見せているのは大変に喜ばしい事ですが、保護の意識が勝ち過ぎてかえって自然との距離が開いている場合があるようです。自然は、触れ合って体感して理解して行くもので、そこから共生という発想も生まれます。理屈先行ではなく「現場感覚」の自然保護論が求められているように思います。
思い出の抽斗から引っ張り出した、「南ア」の春の鮮やかなコントラストや夜の森の気配の中を逍遥しながら、こんな事を考えました。
(次号7月号は、豊島株式会社 取締役社長 豊島 俊明 様 にお願い致します。)


