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会報

『「オレ流」を知り、「オレ」を超える』−技能継承への新たなる挑戦−
   中京大学 経営学部 教授 浅井 紀子

 近年、職場での技術・技能の継承を不安視する声や、団塊の世代の大量退職が迫る中で彼らが持っている技術・技能が失われてしまうのではないかという危機感から、「技術・技能の継承」が大きな経営課題としてクローズアップされてきています。
 そこで会社として、職場での技術・技能の継承に対する支援のあり方について、中京大学 経営学部 教授の浅井紀子氏からご寄稿いただきました。

成功体験の落し穴

 中日ドラゴンズの落合監督は、「オレ流」で2006年セ・リーグ優勝を獲得したという。日本の企業では、製造現場の技能をはじめ、販売のノウハウ、おもてなしのコツ、人を見抜くカン、など個々の人に内在化した業務遂行における優れた「オレ流」の存在が競争力の源泉にあると指摘されてきた。業種・業態を問わず、また、規模の大小を問わず、こういった属人的な要素が競争優位の一面として深く関与することは否めない。
 その継承は、高度な「オレ流」保持者、すなわちベテランとの日々の仕事の中での共体験により、人から人へと受け継がれてきた。日々の仕事という「場」がそのまま教育道場として機能し、緊密な人間関係を通じ現場の空気のなかに身を委ねることにより、失敗体験や成功体験をともに積み重ね場数を踏むことで、言葉にしなくとも人から人へと五感を研ぎ澄ませ感性を豊かに、暗黙の了解のうちに微妙なニュアンスまでをも読み取り伝えられてきた。
 事業活動が比較的シンプルで規模が小さかったうちは、仕事の成果と人材育成を同時に追い求めることを可能とした。ベテランがやってみせ、後継者に1人でやらせてみて、多くの失敗やトラブルに遭遇し、思い悩み自ら気付き問題解決能力を養い育ってくることをじっくりと待つ余裕があった。技能継承を戦略レベルで喫緊の要事とせずとも支障なく過ぎてきた。意識的に戦略レベルで技能を継承する仕組みを築く必要性を感じることなく今日の成功が導かれてきた。
 この成功体験が落とし穴になっている。経営環境が日々激変している。全てのビジネス活動が、きわめて速いスピードで規模と複雑性を増しながら急拡大している。しかもその連鎖は地球規模となり、情報は一瞬にして世界中を駆け巡る。急速な市場の移ろいや技術進歩への対応に現場の負担感は高まるばかりである。従来では想定されなかった事象の連続に目を奪われて品質保証が疎かになれば、長年にわたり築きあげてきた信頼は瞬く間にして崩壊する。
 愛知県経営者協会がまとめた報告書「挑む!技術・技能の継承」(以下報告書)の指摘にもあるように、日々の業務をこなすことに追われ、長期的な視野で「オレ流」を伝えることは容易ではない。時代の移ろいの中で、技能の継承が自然に任されてきた従来手法の強みは弱みとなりかねない。従来はOJTがうまく機能してきたが故に、個々の人や拠点の流儀に委ねられ、水準にばらつきが生じがちとなる。均質性・一貫性を追求するうえでは限界がある。報告書からも伺えるように、技術・技能・ノウハウの継承のための全社的なしくみ、推進体制が十分に整備されていないことに危機感が高まっている。

旬のものを旬のときに

 表1は、厚生労働省による「ものづくりにおける技能の承継と創造に求められる能力に関する調査」の一部である。製造部門における人材の能力状況について、注目すべきは「以前と変わらないが求められるレベル自体が上がっている」との回答が高い点である。技能水準が低下したのではなく現場への期待レベル自体が高くなっている。
 世界中の企業が世界最適分業体制を構築する時代となり、オペレーションの規模や複雑性において地球規模での拡大の動きが加速している。海外の新興勢力は低コストの優位性だけでなく品質や生産性においても飛躍的に向上し猛追してくる。
 この動きは一部の業界に限られたことではない。全ての製品・サービスが、少しの気の緩みやタイミングのズレで勝敗は一挙に逆転する厳しい戦国時代の様相を呈している。いかなる製品・サービスといえども、旬や鮮度を追求し賞味期限の短い生鮮食品と考えて、旬のものを旬のときに提供できる機動的な体制を築くことを余儀なくされている。技能育成期間の短縮を図るとともに技能到達レベルを高めるための対策を講じることに一刻の猶予もない。
 しかしながら、報告書にても非正社員の高率化の指摘があるように、現場の人材構成が変容している。正社員、パートタイマー、アルバイト、嘱託、派遣社員、請負社員、外注、委託等の雇用関係、そして国籍や年齢層にいたるまで、多様性や異質性に満ち溢れた混成部隊となっている。
 当地域出身の徳川家康による危機突破武器は組織の団結力であるという。従来の流儀はこれに似て、勤勉で均質、鉄の結束を誇る労働力を前提とした。価値観や目的、働き方の異なる構成員のベクトルをあわせ技能を継承していくにはこの手法では通用しない。

戦略技能の棚卸し

 技能は個々の人に付随し表現・伝達が容易ではない特性を備えるがゆえに、その継承にはつきつめると『K・K・D』すなわちカン・経験・度胸に委ねられてきた。こうした属人的要素を超え、誰にでも「わかる」「できる」「みえる」形にして技能を伝えていくしくみを整える必要がある。
 報告書からは、技能継承を促進するための取り組みが現場レベルでは積極的に行われてはいるものの、全社的に戦略レベルでの継承手法に関する危機意識の共有は十分とはいえないことを伺わせる。現場では継承のためのツールづくりや技能塾の設置等、日々の技能継承努力を積み重ねている実態があるものの、部門により取り組みへの温度差があるために場当たり的な側面、現場の負荷増大が否めない。
 まずは全ての技能を棚卸しして、重要な技能の識別と社内の技能の分布状態をデータベースとして一元化し正確に把握することが挙げられる。工程・作業に細分化して自社内の技能の分布や継承状態、技能の難易度、要員等、実態を全社的に調査して、自社の保有する技能の一覧表を作成する。
 企業の存続と発展を担うカギとなる技能は何であるか、どんな技能が不足しているか、優れた技能の保持者が有効に活用されずに埋もれてしまっていないか、後継者が育たぬまま抜け落ちてしまいかねない重要な技能はないか、消失した場合の競争力への影響、競合他社への遅れなど、必要技能の優先度と理由を明らかにする。こういった現状把握によりあるべき姿が浮かび上がり、育成への道筋が見えてくる。
 こうした一覧表は、必ずしも決まった形式が存在するわけではない。表2、表3の様に戦略技能評価表として、経営戦略レベルでいま必要とされる技能は何かを洗い出し、その育成方法を議論するものから、国家検定や社内検定での資格保有状況の一覧表、あるいは一人ひとりがどのような工程をどの程度のレベルで担当できるか等、多岐にわたる。
 無論、時代や環境の変容にともない、技能の一部は棄却されあるいは機械設備に置き換えられ不要となるかもしれない。作成された技能の一覧表をもとに企業独自の特徴的な技能の分布状況を全社的に把握し、求められる技能者像を明らかにして体系的な教育により、技能を継承・洗練、さらには新しく創出していく必要がある。
 そして、@When …いつ(育成期間)、AWhere …どこで(部署、座学と現場との配分)、BWho …誰が(指導者と育成候補者)CWhat …何を(実技・理論・関連知識の内容)DWhy …理由(なぜその技能が必要か)、EHow …どうする(到達レベル・育成手段)そしてさらにはもう一つのHowとして、F技能の評価をどのようにするか、そして同時に後継者を育てることの評価をどのようにするか、以上7項目を提示して体系的な育成体制を整備する。
 こうした取り組みは、国籍を超えた混成部隊が当たり前で多様性や異質性を前提とした海外拠点からむしろ学ぶべきかもしれない。
 筆者が現地調査したヨーロッパ企業のなかには、世界から高い評価を受ける伝統工芸品を製造するブランド企業もある。付属の養成学校やマイスター制度により技能継承を行い帰属意識も定着率も高い。一方で同じ国でさえ品質とコスト勝負の工業製品を製造する企業は人材確保の問題は深刻である。定着率が低い状況に対処し「人が変わることを前提としてのつくりかた」「やりにくい作業を排除」するなど、誰でもできるように仕事を極力標準化している。価値観や伝統、慣習の違い、言葉の障壁等の難題を抱え、現場の教育資料では写真・絵・図なども活用しコミュニケーション上の問題を克服する努力に加え現地現物でのOJTを行っている。
 技能の継承においては、何よりもその道のスペシャリストとしての価値を認め評価や処遇に結びつけることである。技能の習得への努力が報われることを明らかにし、さらには成長機会を提供し進むべき道筋を示すことが重要である。
 当地域の尾張7代藩主徳川宗春は、徳川8代将軍吉宗による享保改革の緊縮政策時代に、これに逆らい規制緩和により経済を発展させたことで知られている。江戸とは逆に歌舞伎、からくり山車、祭り、芝居等を活発にすることで、全国からウデに自信のある職人が技を高く評価する尾張に集まってきたという。結果としてこれが芸能や技術・技能を育てることに繋がった。からくり人形で有名な尾陽木偶師初代玉屋庄兵衛氏が京都から尾張に移り住んだのも、この享保の時代である。ウデを試すことのできる仕事があること、そして正当に評価され自らの行く末が見え成長できる保証があることで、身に付いた技芸を脈々と後世に受け継ぐ意欲も湧いてくる。
 さらに忘れてはならないのはベテランが技能を伝えることへの評価である。ベテランの仕事は、後継者育成が最重要課題ともいえる。教える者の意欲を高めるために、後進の指導を本人の成果として評価し処遇することが報告書でも挙げられているが、先進的な取り組みをする企業で見受けられるような「工師」「マイスター」「マスター」といった称号の付与も全社的に推し進める堅固な姿勢を示すものとなろう。

式年遷宮に学ぶ魂の継承−後継者育成は最重要課題

 暗黙知の概念を構築したポラニー(Polanyi 1966)によれば、「言葉を用いたとしても、我々には語ることのできないなにものかがあとにとりのこされてしまう。それが相手に受け取られるかどうか否かは、言葉によって伝えることができずに残されてしまうものを、相手が発見するか否かにかかっている」と指摘する。今回の報告書でも、実際にベテランの技に触れる機会を増やすことに言及しているが、戦略技能の可視化を図りできうる限りは効率的な手だてを講じても、五感を研ぎ澄ませ、体感をともなう育成の場を設けることに勝るものはない。先駆的な事例では、梵鐘をつくる、レストア活動を行う、手づくりのこだわりを感じてもらえる「魅せるライン」づくり、実技シミュレーション等、実践的な技能継承道場を整備している企業もある。突発事象への対応や失敗を実際に体感する機会はますます減少していく傾向にある。技能の継承という意味から、あらためて実際にベテランの技に触れ、五感を駆使して自ら気付く機会を設ける必要性も生じている。
 伊勢神宮では、平成25年に第62回神宮式年遷宮が執り行われる。20年に一度、新しい神殿をご造営し、御装束、御神宝を古式のままに調進する。御造営と平行して、御衣・御太刀・御吹玉・御鏡・御彫馬等、御装束525種・1085点、神宝189種・491点も調製される。内宮の御神宝である太刀の調製は新潟県の刀匠が、外宮の太刀は群馬県の刀匠の鍛刀所で、御装束の織物の一部は京都で、また式年遷宮で使用する釘は新潟の三条市の鍛冶職人が、というように全国の名工や名匠たちが伝統と己の技のすべてをかけて調製に臨む。持統天皇の時代以来1300年にわたり、遷御の儀まで35の神事、8年に及ぶ壮大なプロジェクトにより、古い建物そのものではなく神宮の建築様式「唯一神明造り」を受け継いできた。式年遷宮を執り行うことで、日本の伝統や技術、技能を次の世代に伝え、数々の神事やモノづくりの実践を通じ、言葉にし尽くすことのできない知恵や工夫、さらには神を敬いながらモノづくりを行う精神にいたるまで、時間をかけてじっくりと育てる思想が息づいている。
 元総棟梁は、式年遷宮を三回経験したという。総まとめ役を司るまで40年かかることになる。モノづくりを通じて、「モノ」そのものではなく「つくる」しくみ、「育てる」しくみを築き、世代を超えて魂の継承を執り行う。遷宮に携わる人にとってこの祭典は、つねに数十年先を見据え絶えることなく『心』と『技』と『体』を鍛え引き継ぐ生涯修行である。ベテランの仕事は、自らの技を発揮するだけでは完了しない。20年に一度しかない式年遷宮の仕事では、後継者を育て技を引き継いでいくことが最重要課題となる。
 時代の移ろいの中で、変わりゆく環境に対応して技能継承のありかたも変貌を遂げていく必要がある。 まずは「オレ流」を知る。あ・うんの呼吸を脱し、できうる限り客観性ある共通基盤を徹底する。そしてこれを基礎に、受け身の姿勢にとどまることなく自己革新を続け、オレを超えていく。競争優位の決定因子は温かい血の通う人間である。「日本発」ならではの五感を鍛え「育てる」という不変の信念を根幹に、さらなる飛躍への道を期待したい。