『新会社法下での組織再編と人事管理の変化』
石嵜信憲法律事務所 弁護士 丸尾 拓養
2006年5月に新会社法が施行され、本年5月1日からは、三角合併も解禁されました。本法律の施行によって市場原理による競争を尊重し、企業の組織再編に拍車がかかることが予想されます。人事管理面においては、組織再編に伴い、会社と従業員との間で出向・転籍、労働条件の変更、人員削減など多くの局面に影響を及ぼすことが考えられます。 そこで、新会社法によって生じる人事労務管理における実務上の課題について、石嵜信憲法律事務所の丸尾拓養弁護士より解説いただきます。
リストラから組織再編へ
2006年5月に施行された会社法の下では、経営組織や財務対策について、かなり柔軟な対応がとれるようになった。組織再編の手法も整備され、2007年5月1日には三角合併も解禁となった。いよいよ本格的なM&Aの法的基盤が整いつつある。
1980年代のアメリカの経験に照らせば、M&Aは一時的な流行にすぎないかもしれない。それでも、会社法の根底にある競争原理の導入は、企業に大きな変化を及ぼすであろう。すでに、「ケイレツ」、「グループ経営」、「メインバンク」といった概念は変容しつつある。そして、この会社という器が変わることにより、その中味である人事管理も影響を受けることは必至である。
これまでの事業再編は事業再構築(リストラ)のためであり、不良事業の整理という後ろ向きの意味合いが強かった。このため、余剰人員の削減や能力に応じた賃金制度の導入が中心課題であった。しかし、今後は、競争原理に勝ち抜くための前向きな組織再編が求められるようになる。そして、この競争原理下での人事管理では、労働契約の柔軟な移転や、格差を付けられる人事管理が相応しい。
もっとも、経済社会の急激な変化に法律の対応は遅れている。今般の労働契約法制定やホワイトカラーエグゼンプションの導入の動きは、この流れに対応するものであるが十分ではない。また、人事管理における競争原理の導入には弊害も大きい。実務的には、実態の急激な変化を追認するだけでなく、バランスのとれた変容を模索すべきであろう。
競争原理下での組織再編入
組織再編の手法には、多種のものがある。代表的なものは、合併、株式交換、株式移転、会社分割といった法人格の統合または分割である。これに対し、法人格の一部を取り出すものとして、事業譲渡がある。
かつては分社化の手段としては、主に事業譲渡が用いられ、単純に法人格を分割することはできなかった。このため、組織再編に関連する人事問題は事業譲渡(商法下での「営業譲渡」)を中心に議論されてきた。今日では、会社分割と事業譲渡とを選択できる。基本的には、当該事業に従事する従業員を全員転籍させたければ会社分割を選ぶし、部分的に転籍させたければ事業譲渡を選ぶことになる。ただし、実務では、この選択は、財務・税務上の理由から決まることが多く、人事部門は選択された手段の下で、転籍者の選定を行うことになる。
事業譲渡の場合
(1) 事業譲渡の基本的考え方
労働契約の当事者である「使用者」は、法人単位で考えることが大原則である。企業グループや事業部門が当事者となることはない。あくまでも、法人としての会社が契約当事者となり、企業グループに出向したり、あるいは一事業部門に限定したりする。地域限定や職種限定も、法人との契約の中で認められる。
事業譲渡は、譲渡元企業が譲渡先企業に対し、事業ユニットを譲渡する取引契約である。事業ユニットに含まれる契約や資産が個別に移転する。このため、譲渡事業に従事する従業員の労働契約も、移転するか否かが個別に判断される。
このため、事業譲渡において労働契約が移転するには、譲渡元企業、譲渡先企業、労働者の3者の同意が必要となる。1者でも同意しない場合は、労働契約は譲渡元企業と労働者との間に残存する。
(2) 事業譲渡で企業が従業員全員を譲渡したい場合
@拒否した従業員に対する整理解雇
譲渡元企業と譲渡先企業が当該事業に関わる従業員全員を譲渡したいが、一部従業員が転籍を拒否した場合、この従業員を整理解雇できるか。
この場合、譲渡元企業との間で労働契約は残る。そもそも、当該従業員には転籍に同意する義務はない。一方、経営者としては、転籍に協力してくれた多数派の従業員を考えれば、非協力者には強い態度を示す必要がある。このため整理解雇に及んだ実例もある。
しかし、裁判例は、整理解雇を認めない。整理解雇の要件としての経営上の必要性がないとする。もっとも、希望退職を募り退職勧奨をしたうえで解雇の可能性を明言していた場合には、整理解雇の余地を認めるものもあり、事案ごとの個別判断となる。
A拒否した従業員に対する転勤命令
これに対し、転勤命令は譲渡元企業での雇用を維持するものであり、転籍を拒否した従業員に直接の不利益はない。そもそも、転勤命令の権利濫用性の判断については、使用者に理解を示した判例法理が確立している。
近時、大手通信会社が行った高年齢者を早期退職後にアウトソーシング会社で再雇用するという事業譲渡による組織再編において、退職しなかった者に対する転勤命令が争われている。2006年9月から2007年3月にかけて相次いで出された3つの判決では、転勤命令を無効とするものが2つ、有効とするものが1つである。札幌地裁と大阪地裁の無効判断では、会社の構造改革に基づくアウトソーシングの必要性は認めながらも、個別の従業員との関係で業務上の必要性を認めなかったり、親の介護、自身の病気、配偶者の病状を理由に従業員の不利益を認めたりした。これに対し、東京地裁の有効判断は個別の従業員との関係で、業務上の必要性を認め、かつ従業員の不利益は通常甘受すべき程度であるとした。いずれもリストラの是否という論点をあえてはずして、個別事情を強調して結論を導いているが、リストラという背景を裁判所が考慮していないとまでは言い難いであろう。
B転籍先での労働条件の引き下げ
事業譲渡に伴い転籍する従業員の労働条件は、同意により変更できる。この場合、転籍することだけでなく、転籍先企業との労働条件に対する同意も必要となる。将来的に変更するには、就業規則の変更による。
事業再編における事業譲渡は、前記の大手通信会社のように、再雇用した先の企業での労働条件を引き下げることがほとんどである。企業グループ総体としての人件費を早期に削減し、企業競争力を増すことを目的とする。それだけに、企業としては円満な転籍の実現に努力する。転籍に際して一時金や割増退職金を用意する例も見られる。
(3) 事業譲渡で企業が従業員の一部のみを譲渡したい場合
@労働契約の譲渡の有無
事業譲渡では3者の合意が必要なので、譲渡元企業と譲渡先企業が従業員の一部を譲渡しないとすれば、当該従業員は譲渡元企業との間で労働契約は維持される。当該従業員に転籍を請求する権利はない。
しかし、ドラスティックな事業再編では、事業譲渡後に譲渡元企業を解散したり倒産処理したりする例もある。このとき、残される従業員の雇用保障は著しく低下する。このため、事案によっては、当該従業員を救済する理論が必要となる。
そこで、譲渡先企業が労働契約の譲受を拒否することを「信義則に反する」としたり、譲渡先・譲渡元企業の実質的同一性を根拠にして救済す る裁判例もある。しかし、法理論的にはやや乱暴である。近時は、譲渡元・譲渡先企業の合意の一部無効といった構成により妥当な結論を導くものもある。
実務的には、譲渡企業の関係が親子会社であったり同一グループ内である場合には、原則として、当該事業に従事する全従業員の労働契約が譲渡されると解することが適当であろう。少なくとも、これに反する結論は、大きな紛争につながるリスクがある。
近年は、ファンドに事業譲渡する形態も増えている。これまでの考え方からすれば、第三者的関係にあるファンドは従業員との労働契約の全部を譲り受ける義務はない。しかし、このような結論も安易に認めれば、従業員の雇用保障は簡単に失われてしまう。裁判紛争となれば、労働契約の譲受義務を原則として認める可能性はある。
なお、ファンドが株式を譲り受けるだけであれば、株主の変化にすぎず、労働契約は当然には影響を受けない。
(4) 実務での対応
実務では、大きな労使紛争となることを嫌い、迅速かつ円満な事業譲渡と労働契約の譲渡・終了を実現する。
具体的には、譲渡すべき従業 員に対しては割増退職金を支払って転籍の同意を得る。また、譲渡しない従業員については、希望退職や退職勧奨によって、労働契約を解消する。この希望退職では、比較的多額の割増退職金が用意される。
今日の組織再編はスピードを金で買うものとも言える。大きな労使紛争は事業再編にとって最大の弊害ともなる。企業価値の増大にも即効性のある余剰人員の削減を迅速に実現するためには、希望退職の成功が不可欠となる。
会社分割の場合
(1)承継される労働契約
会社分割は取引行為ではなく組織行為であり、法人格が分割される。労働契約承継法により、会社分割の場合、主として当該事業に従事する従業員は、個別同意がなくても、当該事業に伴って、労働契約が承継される。従業員は拒否できない。ここでは、法人格を当事者とする労働契約という大原則が、事業を当事者とする労働契約であるかのように修正される。「主として」従事するというためには、専ら当該事業に従事するか、そうでない場合には時間や役割等で総合的に判断される。総務・人事・経理等の間接部門においても同様に判断する。不明の場合は過半数労働者の承継の有無と同一となる。この基準により承継されるべき労働者が転籍を拒否した場合、辞職したものとして取り扱われる。
(2) 労働条件の引き下げ
会社分割に伴って労働契約を承継された従業員について、労働条件を引き下げることはできない。会社分割は組織法上の法人格の分割であり、労働条件は維持される。
もちろん、労働条件の維持がその後も義務となるわけではないから、通常の労働条件変更法理に基づいて変更することは可能である。具体的 には、就業規則の不利益変更や労働協約の締結によって、労働条件を変更する。
(3) 実務での対応
これまでの実務は会社分割を選択することに慎重で、労働条件引き下げを含めた同意をとって転籍させる事業譲渡の例が多かった。会社分割でも、必ずしも従業員全員を強制的に転籍させるわけではない。これは、転籍に対する従業員の抵抗感に配慮したものであろう。管理職のみを転籍し、非管理職は従前の企業に籍を残して出向させることも多かった。数年経過してから非管理職も転籍させる。
しかしながら、近時は、会社分割に伴って全従業員を転籍させる例も少なくない。組織再編は次の組織再編を促す。早期のクロージングで次の競争に備える。
合併または経営統合の場合
合併は2つの法人が包括的に合一化するものである。労働契約は影響を受けない。このため、合併時に就業規則の変更を行って、統一的労働条件を実現することが通常であった。
また、合併後、経営者や部門幹部のタスキがけ人事を行い、数十年かけて人心を合わせる時代もあった。しかし、今日では、そんな悠長なことはいっていられない。
近時は、むしろ、組織の合一化を強行せずに、経営統合という緩やかな合従連衡を選択することも多い。ホールディングス(事業持株会社)の配下の事業会社として各々が独立し、人事面では異なる管理を維持する。将来の再編も見越せば、柔軟かつ現実的な対応策とも言える。
会社法の競争原理と人事管理の変化
(1)非正規社員の増加と格差拡大
このように事業再編による労働契約の帰趨が変容すると同時に、人事の世界にも競争原理が導入されつつある。
まず、非正規社員の増加である。事業の選択と集中のように、正社員数が絞られ、一方で派遣社員や有期労働契約社員が増加した。今日では約3人に1人が非正規社員である。
この二種の社員の大きな差は、雇用保障や賃金処遇だけでなく、能力開発の有無等にも及ぶ。これは固定化しやすいだけに、政策としては正社員への転換の機会の充実が求められる。
(2) 成果主義人事の浸透
正社員の間でも、競争原理が厳しく働く。従来の職能資格等級制度における出世競争では、資格や役職が下がることはないし、抜擢人事も少なかった。40歳前後までは賃金格差も小さかった。これに対し、成果主義人事の下では、グレード、役職、賃金が下がる可能性がある。抜擢人事も行われる。勝ち組と負け組とが明確となる人事管理手法である。
(3)労働条件変更の透明化
また、競争原理の下では、変化に対応するために、労働条件の変更の必要性が増す。このため、就業規則変更の合理性を明確化する動きがある。具体的には、法定化された変更手続を履行すれば合理性を認めるプロセス重視の考え方である。
今回の労働契約法制定の中では、この合理性を推定する規定の立法化は見送られた。しかしながら、これまで一部に見られた労働組合との水面下での交渉や過半数代表との形式的な協議といった不透明な手法を改めるべき時期に来ている。使用者にも、労使協議の在り方を考え直す点があるのかもしれない。
(4)解雇緩和の方向性
このような人事管理の変化は、解雇を緩和する方向にあるのであろう。整理解雇の四要件論はもはや時代遅れになりつつある。成果主義人事は勤務成績が著しく劣る従業員を解雇できなければ機能しない。裁判例も少しずつではあるが、動きつつある。
解雇の金銭解決制度についても、今後あらためて法制化の議論が出てくるであろう。2006年に始まった労働審判制度は、これに代替するものとして、既に機能し始めている。
組織再編と新しい人事管理の弊害
しかしながら、これらの組織再編の活性化と競争原理の人事管理への導入は、従来の日本的経営システムの強みを失うことにもつながりかねない。
一部の従業員に恒常的な長時間労働が見られ、精神疾患や過労死も増えつつある。競争により安定は失われることは、従業員にとっては過酷な面もある。
また、短期的な成果を強調することで、人材教育や能力開発が置き去りにされる。優秀とされる正社員だけが高く評価され、そうでない者は冷遇される。偽装請負問題は、このあらわれの1つである。
企業価値の増大だけを目的とした組織再編は、その組織の内実を蝕むことにつながりやすいのかもしれない。
かつてを懐かしむだけでは将来はない。しかし、人間がそれほど急激に変われないことも事実である。たしかに、経営者が短期的視点で組織再編を実施する必要があることは否めない。それでも、中長期的視点で人事管理の在り方を思案することが組織再編を真に意義あるものとするのではないであろうか。

