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会報

「働き方の改革」への創造的な議論を〜今季交渉の論点と見通し〜

労働評論家 久谷 與四郎

今年も春季労使交渉・協議の時期を迎えようとしております。
そこで今号では、主要産別の動向をふまえ、今次交渉の論点につきまして、労働評論家 久谷與四郎氏に解説していただきます。

早くも労使激しい論戦

 今年の春季労使交渉を前にして、早くも労使の論戦が激しさを増している。1月15日に行われた連合の高木会長と日本経団連の御手洗会長による労使トップ会談は、景気回復の果実の配分をめぐっての激しい応酬の場となった。
 高木会長が「タンクに水は貯まっているのに労働者への蛇口は閉じたままだ。家計は疲弊している」と昨年を上回る賃上げを求めたのに対し、御手洗会長は「日本企業は生き残りをかけて、設備投資に投入している。生産性を上げて国際競争力をつけていかなければならない」と、一律の賃上げを否定した。

格差社会の風景≠フ解消 −連合−

 連合白書は「格差社会で失ったもの」というタイトルで始まっており、四つの風景≠ナ、それを示している。その風景というのは第一に「働けど楽にならない」、第二に「家族や友達、自分のための時間が奪われている」、第三に 「お互いに助け合う社会のぬくもりが失われている」、そして第四に「若者や子どもたちが将来への希望をなくしている」。これらはいずれも格差社会がもたらした風景だと説明している。
 そして、わが国を格差社会へと押し流す力は、株主利益の最大化が経営目標として従業員や地域社会を軽視する「株主主権主義」の強まりという経済社会構造の大きな変化の中で起こっているという認識である。
 この結果、社会の分配構造は労使間の付加価値の分配が企業側に大きく傾斜しただけでなく、パートや派遣、契約労働者の増加や、大企業の業績回復が中小企業に波及しないという形で、格差を拡大させていると主張している。

国際競争力を強く意識 −日本経団連−

 これに対する経営側は、国際競争力の強化を強く意識して、賃上げ、特に賃金水準を引き上げるベースアップに対しては強い警戒感を今年も鮮明にしている。
 日本経団連の経営労働政策委員会報告では、@国際競争の中では競争力強化が最重要課題で、賃金水準を一律に引き上げる余地はない、A横並びで賃金水準を引き上げる市場横断的なベースアップは、もはやありえない、B個別企業の賃金は、自社の支払い能力を基本に個別労使で論議して決定すべき。従業員一律のベアはありえない、C短期的な好業績の成果は、賞与・一時金に反映する―などを方針として示している。
 労働側が繰り返し主張している労働分配率について初めて言及、「その水準は産業、企業ごとに異なるものであり、その高低を一律に論じるべきでない」、と、ここでも一律論議を拒否、個別企業労使の判断にゆだねる姿勢を明らかにしている。
 経労委報告で注目されるのは、ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)の観点から、柔軟な働き方の推進を強く提唱していることだ。柔軟な働き方については、「さまざまな雇用形態のもとで、労働時間、休業、休暇、就労場所等の就労条件を多様化・柔軟化させる」ことと規定し、それによって「企業は人材の確保と仕事の効率化、従業員は自己の仕事と生活を調和し、多様なライフスタイルの実践が可能となる」と強調している。

「昨年を上回る賃上げ」で強気要求

 具体的要求を眺めてみよう。連合の方針は月例賃金について、「昨年を上回る賃金改善」を掲げた。昨年は「積極的な賃金改善」としていたから、昨年以上の賃上げという歯止め≠引いたということである。
 また、パートの時給についても「絶対額1,000円程度」と、引き上げ額だけの要求から水準にウエートを移している。引き上げ額も従来の「10円」から「15円程度」となった。強気が随所に見て取れる要求だ。
 連合方針を受けて、自動車総連は「経済指標の好転等を踏まえた水準向上」という表現で昨年を上回る賃上げ方針を決定。注目されるトヨタ自動車が昨年より500円高い1,500円の要求をすることにしている。要求方式を変更した電機連合は、昨年との比較は正確に出来ないものの、水準改善額として2,000円の引き上げ要求となっている。
 これまで賃上げ要求を見送っていたNTT労組が7年ぶりに2,000円相当、電力総連が6年ぶりに2,000円以上の要求をすることを決め、賃上げ要求をする労組も広がりを見せている。全体としては、昨年の要求より500円〜1,000円程度多い要求となっている。

流れの反転を狙う労働側

 以上のように、今年の春季労使交渉に対する労使の主張・姿勢は、従来からの方針を踏襲する経営側とは対照的に、労働側の勢い込んだ強気の姿勢が目立つ。
 その背景にはやはり、戦後最長とされる現在の好景気の環境を否定できない。昨年11月に景気拡大は「いざなぎ」の57か月を超えたが、一般国民にとっては実感に乏しい。経済の伸びの勢いが極めて鈍いということもあるが、賃金が上がっていないために個人消費が低迷しているためだというのが、大方の分析である。その消費を刺激するために、ある程度の賃上げが望ましいといった声が、与野党やエコノミストからも少なくない。  
 労働側としては、久しぶりの経済環境に恵まれた賃上げ交渉であり、しかも、応援団≠フ付いた交渉である。バブル崩壊以降、賃上げ要求を我慢せざるを得ない状況が続き、昨年ようやく賃上げが戻った春闘≠ニいわれて、今年がその二年目だ。労働側の姿勢の高揚と強気は、人情としても理解できる。
 労働側には、今年はこれまでの流れに決別し、労働分野でも進み始めた規制緩和に歯止めをかける正念場だという思いが強い。そうした闘争を強化することでパート、派遣などの非正規労働者の増加にブレーキをかけ、格差を縮小させることで、何としても低下する労働運動への信頼も取り戻したいと、意欲を燃やしている。

相互信頼を大切に、丁寧な交渉を

 このような構図の中で展開する各企業の賃上げ交渉は、一般組合員の「これまでの我慢した分を取り戻したい」という期待感が強い分だけ、今年は相当に厳しい状況になると見なければなるまい。
 労使交渉で最も不幸な結末を招くのが、現実や状況認識についての労使の落差が大きい場合である。だから、今年のような環境での交渉ほど、労使が情報を的確、かつ正確に共有することが大切だ。腹を割った労使の本音の対話が欠かせない。その結果として、賃上げをするにしろ、しないにしろ、また、その額や水準、内容について、会社はきちんとした説明責任を果たして、双方が納得した終着点を迎えなければならない。
 かつて、企業の労使間でしばしば「労使は運命共同体」という言葉が交わされた。古くさい言葉だが、これほど日本の会社の経営者と従業員の信頼関係を的確に言い表した言葉はない。戦後、日本の労組は「生産性運動」に参加して戦後の産業発展を支えたが、向上の成果が従業員にも適切に配分されるという相互の信頼関係があってこそのことである。そうした信頼関係が、バブル崩壊後の労使関係において、錆ついたり、ほころびたりしてはいないか。再点検することも必要だろう。  
 いずれにしろ、労使の信頼関係に裏打ちされた、丁寧で慎重な交渉を双方が重ねる努力をすることである。

「少子高齢化」を視野に大きな課題

 さて、しかしながら今期の労使交渉でも議論するテーマは賃上げだけに限らない。「少子高齢化」と「テクノロジー」、そして「働き方の改革」の三つが、今年の春季労使交渉のキーワードだと言いたい。  
 昨年暮れに政府が発表した推計では、日本の人口は50年後に9,000万人を割り込み、65歳以上の高齢者が今の倍の4割になるという。出生率は05年に1.25まで低下、大きな改善は見込めない。官民で各種の対策をするにしても、日本にとって厳しい将来だ。  
 問題は人口減少のもとでも、日本が経済の活力を失わず、個別企業も競争力を維持していけるか否かである。答えは、新たなテクノロジーの開発で、他の国や他の企業がまねを出来ないような新しい技術、サービスを生み続ける以外にはなかろう。このような好循環の歯車を回すことが出来れば、日本は今後も活力を失わず、今の豊かさを享受し続けることが出来るだろう。  
 そのようなテクノロジーの開発を担うのは、ある特定の人ではない。働いている全ての労働者が、それぞれの分野で新しい技術、サービスの発想を可能とするような働き方が大切だということだ。自分の能力と意欲を、国民のだれもが発揮できる産業社会に変えることである。その意味で、経労委報告がワーク・ライフ・バランスの推進を強く提唱していることは、実にタイムリーなことだ。

会社と従業員にウイン・ウイン

 ワーク・ライフ・バランスというと、女子労働者の育児・出産対策であり、企業福祉の一環と思っている向きが、今でも少なくない。とんでもない間違いである。  
 ワーク・ライフ・バランスは従業員の側からは、出産・育児の環境を整えてくれとか、こんな長時間労働では生活との調和は不可能だなどの要望や声になるだろう。30歳代男性の4人に1人が週60時間も働いているという現状からは当然だろう。  
 しかし、経営にとっては効率的で生産性の高い働き方をどのように創造するかという命題そのものである。自分の職務も権限も不明解な働き方の現状をそのままにしては、効率を上げることも、労働時間を短縮することも不可能だろう。個々人の仕事の分担と責任を明確にして、それぞれの仕事の自立性を高めることが必要だろう。経労委報告が提案するような、柔軟な働き方は労働時間を短縮し効率を上げるための有力な手段となる。  
 そのような働き方の改革によって生まれた生産性向上の成果が、労働時間の短縮や柔軟化として従業員にも還元され、それが出産・育児だけでなく、生活そのものを楽しむ時間に向けられるようになって初めて、ワーク・ライフ・バランスが実現する。その結果、企業内に多様な生活と価値観を持つ社員集団が生まれ、彼らの自由で活発な議論の中から斬新なテクノロジーが誕生する。ワーク・ライフ・バランスは、会社の成長と従業員の満足の双方にウイン・ウインとなるはずだ。

ワーク・ライフ・バランス元年

 今期の労使交渉はこのように、きわめて責任の大きな課題に直面している。「ワーク・ライフ・バランス元年」の労使交渉といっても決してオーバーではない。  
 春の一時期、日本のほとんどの労使がいっせいに賃上げ交渉を行う慣行は、今では賃金を中心にした労働条件だけにとどまらず、広く経営課題の意見交換の場となっている。労使双方が率直で活発、かつ建設的、創造的な議論を交わすことが期待されている。