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会報

「今季交渉の論点と、労使に求められる発想」

労働評論家 久谷 與四郎

 今年も春季労使交渉・協議の時期を迎えました。
 そこで今号では、今次交渉において労使がともに議論しなければならない課題につきまして、労働評論家久谷與四郎氏に解説していただきます。

高まる賃上げへの期待感

 今年の交渉で何が最重要課題となるか?。社会経済生産性本部が経・労と学識経験者にアンケートしたところ、「賃金問題」との答えが一番多かったという。新聞も連日のように、「賃上げ春闘」が戻ると書いている。
 日本経済は長かった不況から脱出して、この先の堅調な景気回復が期待できそうだ。ここ数年間の「賃上げ封印」で、従業員は生活を切り詰め、やる気にもかげりが生じているという。一方で、良い人材を確保したいという動機が企業には高まっている。久しぶりの明るい経済環境の戻りで、賃上げへの期待感が強くなっているのは、自然の流れという見方も出来よう。

「賃金問題」をどの視点で考えるか

 問題は、どのような視点で「賃金問題」を考えるかということである。いまさら、かつてのように、誰にもまんべんなく横並びの賃上げが戻ると思い描いている人はなかろう。
 過去十年の苦しみの間に、経営側は「年功」を軸にした賃金制度から、成果や能力といった「仕事」中心の制度に大きく流れを変えた。運用面での手直しの必要はまだありそうだが、勤労者もこれを時代の流れとして、大勢では受け入れているように思える。また、景気が回復したからといっても、業種、企業により、その状況には大きな差異がある。全国一律の「賃上げ相場」が戻る条件もない。
 労働側もこうした状況変化を理解しており、「ベースアップ」という用語を避け、「賃金改善」という表現で慎重に対応している。久しぶりの景気回復の中での「賃金問題」を、冷静な雰囲気の中で労使が議論する環境づくりとして、大切な配慮だと思う。

「人口減少」と「競争力強化」

 さて、日本の今年のスタートは、景気回復の明るさの一方で、きわめて厳しい現実を突きつけられて始まった。昨年暮れの発表で、日本の総人口が予想より2年早く減少に転じたという事実が明らかになったからである。予想が、ちょっとだけ早まったと言えばそれまでだが、現実となった時のインパクトはやはり大きい。
 この現実を前に、何も対策をしないでおけば、労働力は5年ごとに約200万人づつ減っていって、日本の活力は失われていく。日本の国としてだけでなく、企業としてどのように対処していくか、今季の交渉で労使双方が真剣に論議しなければならない課題だ。
 もう一つの課題も人口減に関連するが、日本全体、そして個別企業の「競争力」を維持するだけでなく、どのように強化するかということである。第一の課題の「人口減少」は、今の日本としては避けえないことだが、その減少がそのまま、国の活力や豊かさの低下につながるわけではない。単純に言って、国の生産性が上がっていけば、活力も豊かさも維持どころか、上昇させることも可能だ。
 日本の労働生産性は昨年、OECD加盟30か国中で19位、先進主要7か国の間では最下位に甘んじている。製造業での労働生産性は世界のトップクラスなのに、依然として多くの規制に守られた産業分野の存在が、それを帳消しにしているからである。

 現在の規制緩和の流れを緩めることなく、国としての労働生産性を向上させ、競争力を強化することはもちろんだ。同時に、個別の産業、企業にとっての競争力強化の努力は、国際競争がますます激化している状況で、一時も緩めることのできない課題である。

パラダイム・チェンジの中の交渉

 産業、企業にとっての競争力は、@他国や他社に先駆けた新しい技術で、容易にまねのできない商品・サービスを世に送り出し続けること、Aそれを、できるだけ低いコストで実現すること、の二つに集約されよう。「人口減少」が日本にパラダイム・チェンジを迫る中で、競争力強化は今季の労使交渉での、極めて重要な論点であり、労使が最も多くの時間を費やすべき部分だろう。
 以上のような基本的課題の議論の後に、個別労使の間では具体的に賃上げを実施するか否か、どの程度が妥当かの議論に進むことになる。競争力の強化につながると労使が判断で一致できれば、賃上げをすればいい。つまり、賃上げが競争力強化につながるかどうかが、判断のポイントということになる。
 「競争力強化」の判断が、単に、短期、長期の経理上の数字だけでないことは、すでに理解されていることと思う。産業、企業の競争条件は時により、場所により、また競争相手の外国企業の強さなどにより様ざまであり、一概には言えない。その中で大事なことは、働くのも頑張るのも人間、つまり社員だということである。働く者の士気といった、心理面からの検討も欠かせないだろう。
 中長期の視点からこのような課題に検討を重ね、労使が情報と認識を一致させながら、誤りのない判断をしなければならない。

発想の転換で経営戦略に

 総人口の減少が一方にありながら、日本は先進国と比較すると、まだまだ人材を無駄にしている社会である。
 出産をきっかけに、女性の7割が仕事を辞める(辞めざるをえない)国は、日本だけだ。その女性が、子育てを終えて再び仕事を探しても、派遣、パートなど、いわゆる”無技能・低賃金労働”しか割り当ててもらえない。
 「団塊の世代」が来年から、60歳定年を迎える。60歳になって、能力が急に落ちるわけではないのに、年齢だけで人為的に職場を奪う制度だ。しかも、日本の高齢者は世界一の働き者(男性60〜65歳層の労働力率は71.2%)なのにである。女性の出産退職とともに、なんとも「もったいない」話だ。その一方で、「07年問題」で技術や暗黙知の伝承に懸念を抱いている企業は多く、現場力の低下が問題となっている。
 さらに、フリーター(213万人)、ニート(64万人)など、若者にどのように働く場を提供していくかの問題も、ほとんど手付かずだ。労使は、このような目前にある課題の解決にも、知恵を絞らなければならない。
 最近、電機産業の大手企業を中心に、「仕事と家庭の両立」支援を女性社員の活性化の視点で見つめ直し、これを経営戦略の中枢に位置付けて取り組むところが多くなっている。従来の福利厚生策なら消極的なコストだが、ダイバーシティー(多様化)経営の一環としての戦略として受け止めれば、競争力強化のための巨大な人的資源となる。さらに、男性と異なる発想の女性の経営参加は、ビジネスチャンスを生む環境の強化とさえなる。人口減少を危機感だけで騒いでも、解決はもちろん、何も生まれない。求められているのは、労使が冷静に現状を見つめ、現在、将来の雇用を維持し、誰もがはつらつと働ける職場環境を作り出すために、どんな道があるか、着実に協議を進めることだ。

情勢変化の潮目の交渉は難しい

 今季の交渉で労使が、ともに議論しなければならない課題は、ここに触れた問題だけにとどまらない。何を議論し、どのような結論を導き出すかは、まさに、個別労使の自由だが、社会情勢や経済情勢が変化する潮目の交渉は、一般的に言って非常に難しいことが多い。期待感や先入観が交渉の一方に強すぎると、それが交渉の阻害要因となることが、しばしばあるからである。
 今季の交渉は、その難しい交渉に当たっているように思える。労使が意思の疎通に丁寧で慎重な努力を、惜しんではならない。