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会報

「個の時代における人材マネジメント」

一橋大学大学院 商学研究科 教授 守島 基博

 経営環境が激変し、企業においてはさらなる効率化を目指し、また労働者においては働くことに対する個人の意識・価値観が多様化し「個」の重視が進んできました。 その結果、人事管理面においては、いろいろな歪みが生まれてきております。
 このような状況下で企業への求心力を誰がどのように支え、競争力を高めて行けば良いのかについて一橋大学の守島教授からご寄稿いただきました

ライブドア事件の教えること

 あっけないほど簡単に終わってしまった、ライブドア対ニッポン放送の事件を、経営者または人事担当者としてどう考えるべきだろうか。経営者のなかには、日本への本格的なM&A時代の到来を予測した人が多いだろう。
 人事面からはどうだろうか。私にとっては、ホリエモン事件が私たちに気づかせてくれたことがひとつある。それは、たくさんの優秀な若者が、ライブドアのような、ひと昔前であれば、胡散臭い目で見られた企業で(失礼!)、一生懸命働いていることである。よく、経営にはヒト、モノ、カネ、情報が必要だという。ライブドアに限らず、多くのベンチャー企業が成功し、また企業としての体裁を急速に整えてきたのは、カネや情報だけではなく、能力のある、意欲の高い若者たちが、こうした企業に就職するようになってきたことがあるのだろう。
 こうした若者たちは、はたして金が目当てで頑張っているのだろうか。詳しくは知らないが、例えば、ライブドアは、当然、厳しい成果主義を行っていると予想される。が、頑張っている若者たちは、成果主義やカネに惹き付けられて来たのではないだろう。
 労務構成や仕事の内容が違うので、単純には、比較できないが、報道によるとライブドアで働く従業員の年収はニッポン放送の約半分の平均年収だそうである。金目当てだとはとても思えない。また成果主義で成功したいのであれば、今年の高額納税者番付によれば、証券会社でファンド運用に携わったほうが、見返りは大きいかもしれない。
 もうお解りだろう。まさに、こうした疑問に対する答えに、今回愛知県経営者協会が纏めた報告書にある、「新しい時代における個の活性化」ということの原点があるようだ。なんで、優秀な若者が、知名度のある大企業の高い賃金と安定を蹴ってまでも、ライブドアのような得体の知れない(また、失礼!)企業に勤めたいと思うのか。
 そして、もっと重要なのは、それがなぜ自分の企業でできないのか。なぜ、優秀で、ちょっと変わっていて、意欲の高い若者は自分の企業を選択してくれないのか。または、優秀で血気盛んな若者が入社しても、その目の輝きが3年、いや1年ですっかり失われてしまうのか。この点を、きちんと考えないと、人事担当者としては失格である。

成長体験

 まず、最初の大きな違いは、成長体験のあるなしである。どんな若者でも、いやどんな従業員でも、会社に入った直後や、新しい仕事についたときには、ワクワクしていることが多い。新しいことにチャレンジして、結果が出て、それがうまくいったときへの期待。または、失敗したときに、なぜ失敗したかを考えて、次の一手を考え、工夫を次のチャレンジをする喜びがある。その結果、うまくいけば、成功体験へとつながり、これが繰り返されることで、仕事を通じて、自分が成長したという感覚をもつ。実際、今回の報告書でも、第2章で「仕事上の幸せは、達成感や納得できる仕事の成果」がもたらすことが報告されている。
 だが、悲しいことに、こうした体験は長くは続かない。多くの仕事は、暫くすると、ルーチンに陥り、達成感がなくなる。また、逆に要求される成果のレベルが高すぎて、成功体験を得る期待がわかない場合もあるだろう。こういうことになると、仕事のチャレンジ性が失われ、ワクワク感が無くなり、モチベーションが萎えてしまう。
 ここでのキーワードは、成長の可能性とその実感である。どんなに小さくても、チャンレジと成功体験との良い循環が回っていくように仕組みが組まれている企業には、多くの優秀な人材が集まる。
 そして、ここでどんなに小さくても、というのは重要である。なぜならば、目標達成からみれば失敗でも、そのなかには、必ず成功の一部分が隠されているはずだからである。ライブドアと違って、チャンレジ性のある仕事が数多く提供できない企業では、人事と現場が協力して、目標達成プロセスのなかでの「小さな成功」を評価し、フィードバックを与える努力は大切である。

上司のリーダーシップ

 そして、こうしたことを考える際に、重要になるのは上司の役割である。残念なことに、今回の報告書では、管理職に対する暗いイメージが明らかになった。具体的には、ビジョンをもち、経営者的な行動をとる上司(30歳代以上)や、悩みを受け止め、強い指導を行う上司(20歳代)が自分の職場にいないというのである。この2つは、違った内容のようだが、一言で纏めるとすれば、多くの組織で、部下から見て、上司にリーダーシップが感じられないということである。
 組織がフラット化し、自律・分散・協調型になり、個別ユニットの活性化が重要になると、リーダーシップというのは、組織にとって、極めて重要な経営資源となってくる。もちろん、企業では、官僚制的な組織コントロールや、ラインにそった緻密なコミュニケーションも重要だが、どんなに官僚的な組織でも、一定のビジョンに基づいて、チームをひとつの方向に引っ張っていくリーダーがいて、コントロールやコミュニケーションも活きてくる。
 したがって、個を活かすための、人材マネジメント上の課題は、リーダーを育成し、経営資源としてのリーダーシップを供給していくことなのである。つまり、これまで、どちらかといえば、個人の資質として見られ、育成の対象にはなりにくかったリーダーシップをきちんと育成の対象として認め、積極的に施策を組んでいく必要がある。
 さらに注意すべきなのは、ここでいうリーダーとは、最近流行の選抜型トップマネジメント育成プログラムの対象者ではないことだ。組織をきちんと運営していくためには、ごく少数のトップマネジメントだけではなく、どこにでもリーダーがいないといけない。報告書の調査結果が物語っているのは、多くの企業で、トップマネジメントのリーダーシップだけではなく、現場上司のリーダーシップが不足していることだ。
 私は、これを「どこでもリーダー」の必要性と呼んでいる。組織の「どこでもリーダー化」を進めるのは、人事部門の責任であり、そのための育成プログラムは、これまでの管理職研修だけではなく、これに、リーダーシップの要素を加えたものでなくてはならない。逆説的だが、個の活性化のためには、リーダーシップの強化がポイントなのである。

職場の魅力としての多様性

最後に、多様性についてふれておこう。報告書では、最終章で、今後、多様性を活かすことが企業にとって必要だとされている。
 ただ、これまで日本だけではなく、職場の多様性(ダイバーシティ)が、企業の業績や、チームのパフォーマンスに貢献するという研究結果は多くない。もちろん、ひとつの理由は、私たちがもつ研究枠組みの責任もある。だが、いずれにしても、職場の多様性から企業の活性化への道のりは複雑で、私たちは、まだ、企業が働く人の多様性を「活かす」方法や考え方についてあまり知らないのである。
 私は、多様性というのは、それが何かの役にたつかどうかではなく、それ自身として価値があるものだと考えるべきだと思っている。いろんな人がいて、いろんな考えがあって、いろんな議論がなされる職場。そうした多様性に満ちた、様々な考え方や個性がいくらでもある職場を魅力的だと思うことが、多様性に価値と魅力を見出すということである。そのなかから、あるときには、良いアイディアが生まれるかもしれない。でも、生まれなくても良いのである。
 多様性のある職場は、それだけで魅力的である。そう考えて、もっと異質で、異能を参加させよう。多様な人材で構成される魅力的な職場が強い人材を惹きつけ、企業としての強みが後でついてくる。ライブドアなど、今、活気のある職場は、魅力的な人材による多様性が満ち溢れている気がするのは私だけだろうか。