「新入社員をどう迎えるか」
名古屋大学大学院 経済学研究科教授 太田 聰一
4月になり、新入社員を迎え入れる時期がやってきました。
本号では、「新卒者をどう会社に迎えるか」をテーマに名古屋大学 大学院の太田教授からご寄稿いただきました。「七五三問題」と言われるように、新卒者の企業への定着率の悪化が大きな課題となっているなかで、この背景を若年者の就業意識の変化などについて分析した上で、今後このような課題を解決していくために、新入社員たちとどのように接し、育成していくのか、“会社ができること”“会社がすべきこと”について解説いただきます。
低い定着性
今年も4月になり、数多くの若者が社会に巣立っていく。学校を出て間もない若者達にとって、新しく「会社」という社会に飛び込むことは期待と同時に不安も大きいことであろう。受け入れる側の会社としても、せっかく入社してもらったからには生き生きと働いて欲しいと願っているに相違ない。しかし、大変残念なことに、最近では若者と会社との間には「溝」があり、必ずしも両者の関係はうまく行っていないようだ。どこに問題があるのだろうか?そして企業としてはどのように対応して行けばよいのだろうか?以下ではこのような点について考えて行きたい。その際、昨年10月に愛知県経営者協会が実施した「高校新卒者に関する調査」(企業アンケート調査、概要については本号6?7頁参照)についても触れることにする。
若者と会社との関係がうまく行っていないと考える理由のひとつは、若者がなかなか企業に定着しないことにある。しばしば「七五三問題」とも言われるように、今や入社3年以内に会社を辞める比率は新規中卒で7割、高卒で5割、大卒で3割に達するとされる。今回の「高校新卒者に対する調査」では、愛知県の現状を反映して若干低くなっているが、それでも商業科卒業生で17.9%(3年間)という高い値を示している。筆者が最近行った調査でも、定着性の低さを指摘する声が多数あった。
もちろん、高度成長期やバブル期には若者の定着性はもっと低かった。ただし、これは労働条件のよい別の会社に転職するためだった。ところが今では次の仕事のあてもないのに、多くの若者が会社を辞める。それにはいくつかの理由がある。
なぜ定着性が低いのか:若者の意識
第1に、最近の若者には、「いざ会社を辞めても、親が生活の面倒を見てくれる」という甘えがあるようだ。親に「寄生」する、いわゆるパラサイトシングルである。もちろん、親がよく肥えていないと、寄生することは難しいが、今の親は2つの点で裕福度が高い。ひとつは、昔に比べて子供の数が少ないので、一人一人の子供の面倒が見やすいということである。昔のように兄弟姉妹が多いと、パラサイトなどできる状況ではない。その意味で、子供から見た親の裕福度は向上しているのである。もうひとつは、今の親世代が年功賃金のおかげで結構な賃金をもらっていることである。親の賃金が高ければそのスネもかじりやすくなる。ただ皮肉なことに、中高年に高賃金を与えているからこそ若年正社員の採用が減っているという見方も成立するわけで、問題は複雑だ。第2に、フリーターという仕事がいつでも沢山あるので、嫌なことがあれば会社を辞めてフリーターになればよいと考える若者が増えている。もちろんフリーターの収入は低いし、充実した福利厚生は望むべくもない。しかし、将来のことをそれほど考えなければ、組織に縛られないだけフリーターの方が気楽だと思う若者も多いようだ。よく考えてみれば、フリーターを生み出したのも、日本企業が人件費削減を行うためであって、別に若者が望んでそういう働き方を編み出したわけではない。企業人こそが、若年正社員が会社を辞めやすい環境を作り出してしまったのである。なお、社会にはフリーターのことを「夢を追いかける若者」というイメージでとらえる傾向があるが、最近の調査研究は、このような画一的な見方が必ずしも正しくないことを指摘している。フリーターには様々なタイプがあり、実際に「夢」を実現するために努力しているフリーターは一部に過ぎない。多くは、尋ねられればとりあえず「夢」は口にするものの、具体的な努力を行わず、なんとなく日々を過ごす人々である。けれども、彼らが「夢」にこだわる理由はわかる気がする。正社員の仕事に手が届かない人々にとって、「夢」は現実逃避のためになくてはならないものであり、それさえ口にしていれば今の自分に大義名分が成り立つのである。しかし、実現の努力をしなければ、「夢」は「夢」でしかない。
なぜ定着性が低いのか:長期不況の爪痕
長期不況が多量のフリーターを生み出し、ひいては若年正社員の転職を促進していることの他にも、長期不況が若年正社員の定着性を低下させている側面があるので、そのいくつかを示そう。第1に、不況による求人数の減少のために、新卒者は以前に比べて自分の希望に合った就職先を見つけにくくなっている。そのため、就職が往々にして「不本意就職」になってしまい、少しのきっかけで会社に見切りをつけてしまう。自分の希望通りの仕事ならば少々のことは我慢できるが、もともと妥協して就職した場合には「やっぱり自分には向かなかった」と判断してしまいがちなのだ。傍からみると、単にワガママなだけの「あっけらかん離職」に見えるが、本人の問題もさることながら、不況の影響も大きいと見るべきだろう。最近は、若干景気が回復しているから少しは解消される部分もあるかも知れないが、まだまだ不本意就職の若者は多いようだ。
今回の「高校新卒者に関する調査」(愛知県経営者協会)でも、離職に至った理由として、「適性・能力上の問題」(28.8%)が「本人に起因する問題」のトップに挙がっている。つまり、ミスマッチが大きいのである。就職の際の情報不足と、先に述べた不本意就職が相俟って、このような結果が生じたものと考えられる。
第2に、就職先企業で自分の将来が見えづらくなっている。昔は、新入社員として我慢して「下積み」の仕事をしていれば、順調に昇進の階段を昇って行けて、うまくすれば会社幹部になることができた。これは、多くの企業が日本経済全体と歩調をあわせて成長してきたからだ。ところが、日本経済の低成長と不確実性の増大によって、従業員個々人にとって昇進の見通しは暗くなった。そうなれば、やはり少しのことで会社を辞めたり、「下積み」時期の短いと思われる会社、たとえば外資系企業に転職したりする若者が増えてもおかしくはない。
第3に、若い正社員に与えられる業務が過重になっている。これは、新卒採用の抑制が長引いていたために、若手社員の数が不足しがちになっており、末端業務が数少ない若年正社員に割り振られるためである。そのため、将来的に自分のスキルアップに役に立つとは思えない仕事を延々と続けざるを得ない若者が増えている。これでは、若者も嫌気がさしてしまうだろう。これも長期不況の爪痕である。このように見てみれば、若者が会社を辞める理由は、きわめて根が深いことがわかるだろう。
企業は若者をどう見ているか
ここまで、何が若者を離職に駆り立てているのかを見てきた。次に、企業が若者を見る目を通して、企業と若者のすれ違いの一端をあぶりだしたい。一言でいえば、どうも最近の若者の資質が低下しているのではないか、という厳しい見方をする企業が増えているということだ。有名な例としては、日本経済新聞(2001年1月30日)に掲載された「社長100人アンケート」がある。「自社の入社3年目までの若手社員と、10年目の社員の新入社員時代を比べて劣っている点」を尋ねた結果、最も多い回答は「進んで問題を見つけて解決する能力」であり、28.5%を占めた。また、「社会常識・マナーの欠如」、「集団・組織の中でのコミュニケーション能力」も2割を上回った。そして、日本の教育が抱える最も深刻な問題点についても、「問題発見・解決能力の不足」が56%となっており、突出して高い回答比率を示した。若手社員の能力低下で「業務に支障が出ている」とする回答はほとんどないものの、「このまま能力低下が続けば、業務に支障が出るか」という問には半数の社長が同意している。このように、経営者たちは若年社員の資質低下に危機感を抱いており、その原因として日本の教育力の低下があると認識している。
若者の資質低下が生じれば、企業は若年正社員求人を減少させる可能性が高い。というのも、一人前にするための費用が以前よりも上昇するため、若者を雇うメリットが減少するからである。そして若者の代わりに、訓練費用の少なくてすむ30?40代の即戦力となる労働者を採用しようとする。あるいは、欠員を補充する代わりに、IT機器などへの投資を行うかもしれない。いずれにせよ、若者の資質低下は若者の雇用環境を一層悪化させる方向に働きやすい。
今回の愛知県経営者協会による「高校新卒者に関する調査」は、高卒者についての質問である点が特徴的であるが、企業による満足度が低いものとして、「一般常識・一般教養」、「仕事に必要な専門知識」、「積極性」、「コミュニケーション能力」などが挙げられた。その一方で、高卒者に特に強く求めるものとしては、「健康」、「体力」、「責任感」、「積極性」などが指摘されている。おそらく、高卒正社員が行っている業務が定型化しつつあり、多くを望めないことがわかっているために、このような結果が生じたのであろう。他の調査でも、最近の若年労働者の一般常識の欠如、学力不足、自己中心性、忍耐力の欠如、自主性や積極性の欠如などが不満点として指摘されている。
一昔前の日本企業は、家庭教育・学校教育がどうであろうとも、「自社で一人前にしてみせる」と豪語していた。ところが、今や日本企業は若年正社員を綿密に教育・訓練するコストを削減しようとしている。「即戦力」という言葉がこれほど大手を振る時代に、新卒者の就職が厳しくなるのは当然のことである。しかも高校新卒者については、「大学進学率の上昇で高卒就職者の質が低下しているのではないか」、「高卒者でできる業務はアウトソーシングしてしまった」、「派遣やパートで代替した方がコスト的に安い」などという理由で、敬遠されがちになっている。
会社ができること
このように考えてくれば、「長期不況で若年が厳しい状況におかれていたことはわかるが、彼らが社会人になるまでの家庭・学校教育にも大きな問題があるのではないか」という疑問がわくのは当然である。実際、筆者も家庭と学校教育は看過すべからざる大問題だと考えている。とはいえ、問題をすべて教育関係者に丸投げして、会社と若者の溝を広げたままにしておくことが、会社にとって好ましいはずがない。将来の会社の屋台骨を支えるのは、今受け入れようとしている新卒者に他ならない。だから、彼らが会社にきちんと定着することこそ、技能や技術が世代をわたって継承される鍵になる。実際、筆者は会社側にも若者を定着化させるポイントはあると考えている。 大事なことは、入社してしばらくの段階で少しでも仕事の「厳しさ」と同時に「面白さ」を経験させるようにすることだろう。きちんとした仕事であれば、どのような仕事であろうとも充実感を得ることができるものだ。ある会社では、若い社員を積極的に企画や製品づくりに参加させたが、その製品が実際に市場に出回ることで、若い社員は大いに自信をもつようになったという。このように、若い従業員が創意工夫をしたり、チャレンジしたりする機会を与えることは、彼らのやる気を引き出すための重要な戦略だ。もちろん、期待のあまりに重すぎる責任を負わせると、フレッシュマンにとって強いストレスになるので、そのあたりには十分な配慮が必要である。また、チャレンジして失敗しても大目に見るような度量が会社には必要である。
世代間の意識のギャップも大きい。今、職場の管理職者層と若年層とのコミュニケーションが決定的に不足している会社が増えてきている。そういう会社では、若者の離職が増加し、技能や技術の継承に重大な支障が生じている。そこで、電気機器製造業のある会社では、ひとりの新入社員とひとりの中堅社員がペアを組み、中堅社員は新入社員の社会人としての自立に向けたサポートを行うとともに、自分の人脈を新入社員に受け継がせるという取り組み(メンター制度という)を行った。その結果、若者の離職が激減し、業務の立上げが半年から1年程度短縮したという。ここまでしなくとも、日常のスモールミーティングによる上司との対話で成果をあげている会社もある。 要は、きめ細かなコミュニケーションによって、若者が良好な人間関係の中で仕事をする環境を整えることである。もちろん、今の若者に対して、私生活を犠牲にした「付き合い」を求めたりすると逆効果になるので注意すべきである。
きちんとした教育訓練を行うことも、若者の定着にとって大切だ。今の会社にいると、自分の職業人としてのキャリアに磨きがかかると実感することができれば、仕事に身が入って、定着性も高まるだろう。事実、愛知県産業労働部のアンケート調査によれば、「入社2?3年した者に社外教育を受講させることで、仕事に対する意欲が向上した」、「技術・専門教育のほか各種教育を実施することにより定着性、入社意識が高まった」などの回答が得られている。たしかに、教育訓練の実施にはコストがかかるので、現在の厳しい経営環境の中ではそこまで手が回らないとする企業が多いことは理解できる。しかし、今の若者は将来、会社を背負って立つべき人材なので、長い目で人材の育成に力を注ぐべきだ。
さらに、実力主義的な人事・処遇システムの構築を目指すことも大切だ。これはいわゆる「成果主義」を推し進めるということではない。高い技量さえあれば、若くとも昇進・昇格そして賃金アップが可能になるような仕組みを作るということである。筆者はそのようなシステムを「スキル直結型」と呼んでいる。中期的に会社への貢献と報酬がきちんと見合う仕組みを作り上げてこそ、若年層が生き生きと働くことができるようになる。もちろん、そうなってくると一人ひとりの技量を正確に測定する努力が欠かせなくなるが、それなくしては人材の有効活用は覚束ないだろう。
会社がすべきこと
「就業意識の低い若者」というのは、今や多くの企業の嘆きである。「今の若年はそもそも働くことがどういうことなのかが判っていない」、「彼らには社会のルールの厳しさを教える必要がある」ということもしばしば言われる。しかし、そのようなことは実社会に触れることで始めて身に付くものである。だからこそ、政府も中等教育段階での就業体験やインターンシップを強化しているわけである。
ところが、学生の資質低下を嘆き、教育の重要性を主張する企業の多くが、学校から就業体験やインターンシップの受入れを打診されるととたんに腰が引けてしまうのは何故か。もちろん、言い訳には事欠かない。「学生を受け入れる職種がうちの会社にはない」、「学生を指導するための人員や時間が確保できない」、「学校との打ち合わせが煩雑である」などが典型的なものである。 若年雇用問題は、家庭・学校と社会の接点で生じている問題であるから、教育関係者と企業が密接にタッグを組まないと解決できない。その意味で、企業は否が応でも若者の育成に社会的な責任を負わねばならない立場にある。いろいろ難しいことがあるのは承知の上で、是非とも若年の育成に協力して欲しいと思う。そうでなければ、この国・この地域を支える人材は早晩枯渇してしまうだろう。
最後に、今春就職する若者が、それぞれの会社の中で生き生きと活躍できることを祈りたい。

