公益通報者保護制度と企業の対応について
(社)日本経済団体連合会 経済本部 大山 瑞江
内部告発が、企業経営にとって、大きな意味を持ち始めています。食品偽装表示事件をはじめとする企業不祥事が、相次いで内部告発によって明るみになったため、企業不祥事を防止する上で、内部告発が一定の役割を担っているという認識が高まり、その結果、公益通報者保護法が立案され、先般の通常国会で成立しました。この法律は2006年6月までには施行される予定となっています。
そこで、本誌では公益通報者保護制度に対する評価と企業の対応のあり方について、日本経団連 経済本部 大山様から解説していただきます。
1.公益通報者保護制度の趣旨と概要
本来、内部告発は、個々人の正義感と責任に基づいて行われるものであり、制度的に奨励すべきものではない。歴史的に見ても、政府による内部告発奨励は、時の権力者が政敵や反対者を抑え込むために利用されることが少なくない。わが国では、これまでも内部告発は、判例において「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇や懲戒処分については、権利の濫用として無効」とされ、実態に即した形で保護されている。また、最近の労働基準法改正により、こうした解雇権濫用法理が明文化された。しかしながら、公益のための通報者が保護されるための要件や効果が不明確との指摘もある。そこで、今般導入される公益通報者保護制度は、一般法理が今後も適用されることを前提として、ルールをより一層明確化している。制度のポイントは次の通りである。
(1)保護の対象となる公益通報者は、雇用されている者、派遣労働者、元労働者、請負事業者の労働者。
(2)公益通報の対象は、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法律で、法律・政令で定められるものに規定する犯罪行為の事実等(法律に基づく命令を含む)が生じ又はまさに生じようとしている事実(請負契約等の契約をしている取引先も含む)。
(3)保護内容については、公益通報を理由とする解雇や労働者派遣契約の解除は無効で、その他の不利益な取扱い(降格、減給、派遣労働者の交代要求、退職年金の減額等)も禁止。
(4)通報先に応じて保護要件を設定しており、@事業者内部(事業者が指定した者)の場合、不正な目的でないこと、A所管の行政機関の場合、@の要件のほか、真実相当性があること、B事業者外部(被害拡大防止等のために必要な者)の場合、@、Aの要件のほか、イ)内部通報では不利益な取扱いを受けるおそれがあること、ロ)証拠が隠滅されるおそれがあること、ハ)公益通報しないことを要求されたこと、ニ)内部通報後20日以内に調査を行う旨の通知がないこと、ホ)生命・身体への危害が発生する急迫した危険があることといった場合に保護される。
(5) 事業者は、是正措置等を公益通報者に通知する努力義務、また、公益通報者は、他人の正当な利益又は公共の利益を害さない努力義務を負う。
2.公益通報者保護法に対する評価
今回の公益通報者保護制度は、労働者の公益のために通報する保護に関する「ルールの明確化」と企業の「コンプライアンスへの自主的な取組みの促進」という特徴があり、一部で主張された、内部から外部への告発型の仕組みではなく、問題通報型のものとなっている。こうした点は経済界としても評価できる。
(1)「ルールの明確化」
ルールの明確化により、制度の濫用を抑制し、公益のための適切な通報を促す効果が期待できる。通報に関しては、ヘルプラインを設けている企業の経験から、不利益処分を受けて当然の者がそれを免れるために悪用する、気に入らない人への誹謗中傷あるいは人事処遇への報復等を目的とした制度の濫用が行われる、などの指摘が数多くなされている。また、事実かどうか不確かな情報や個人的な恨みによる誹謗中傷などが、いきなり外部へ通報されてしまっては企業や関係者が致命的な打撃を受けることも容易に想定できる。そこで、「どのような内容の通報を、どこへ行えば、解雇や不利益な取扱いから保護されるか」を明確にしている。
例えば、新制度が保護する「公益通報」については、「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でない」ものとされるとともに、濫用防止のため、通報者について、「公益通報者が他人の正当な利益又は公共の利益を害さないようにする努力義務」が明確に規定されている。同時に、「公益通報をしたことを理由とする」解雇の無効等という保護を図るとされ、それ以外の理由によるものは、本制度による保護の対象とならないことが明確にされている。公益通報と因果関係のない通常の人事権や契約に基づく措置等は制限されないこととなる。
また、公益に貢献するということで保護される「通報の範囲」については、「国民の生命、身体、財産などの保護にかかわる法令違反が生じ、又はまさに生じようとしている場合」とし、その範囲を明確化し、予測可能性の高い制度となっている。
(2)「コンプライアンスへの自主的な取組みの促進」の観点
企業がまじめにコンプライアンスに取組んでいても、いきなり外部機関へ通報されてしまっては、コンプライアンス経営に自主的に取組むインセンティブが阻害されてしまう。また、犯罪行為が行われるかどうかわからない、あるいは事実かどうかわからないのに簡単に外部に通報されると企業や関係者の信用や評判を損ね、その株主や従業員、取引先等にも重大な不利益をもたらす可能性もある。
したがって、企業や権限を有する行政機関以外に対して通報することは、先に述べたように、必要性が高い時に場合に限定されている。不祥事を防止するためのコンプライアンス経営に努力をしている企業は内部通報が原則になり、努力をしない企業は外部通報が原則になる。外部通報を望まないならば、企業はしっかりとした内部統制システムを確立するよう努力をしなければならない。企業が自助努力によって不祥事を防止しようとするインセンティブを与える。業界慣行など、企業単独では不祥事を防げない面もあるので、コンプライアンス尊重型の公益通報者保護制度の導入を契機に、産業界全体としてコンプライアンスが拡充し、企業の自助努力が功を奏することが期待される。
3.企業の対応−コンプライアンス経営の推進
企業は、お客様や株主、取引先、従業員、さらには地域住民など、様々なステークホルダーとの間に重要な関係があるので、そういう人たちに満足してもらえる、バランスの取れた良き企業市民として、社会からみた企業価値、いわゆる「コーポレート・ブランド」の価値を高めていかなければならない。一方、企業において法令遵守、企業倫理上の問題が生じると、企業イメージは一瞬にして崩壊し、企業の存続にも影響をしかねない。したがって、企業は、自ら進んで不祥事の発生を抑えるよう努力し、また、問題が生じた時でも、他人に頼らず、自らの手で迅速に解決していくことが何よりも重要である。
経営はシステムであるので、コンプライアンスに関する取組みも、総合的に捉える必要がある。即ち、@コンプライアンスを最優先とする企業理念、経営トップの方針の明確化、Aコンプライアンスに関する組織的な取組みの意思の明確化(担当役員の任命、コンプライアンス委員会の設置およびその運営等)、B法令遵守・企業倫理のための包括的行動規範や個別規定等の定立、Cコンプライアンス関連法令や社内規範の周知徹底活動(教育・研修等)、Dモニタリング、即ち監視・チェックの活動(イ:日常業務における上司の管理、法務担当による予防活動、ロ:内部監査部門による事後的かつ第三者的なモニタリング、ハ:内部通報)、Eコンプライアンス違反についての調査と処罰、F再発防止策の実施などの全体像を押さえて対応することが必要である。
日本経団連では、かねてより、企業行動憲章を策定し、法令、企業倫理の遵守を会員企業に働きかけており、その一環として、通常の上司を通じたルートとは別に「企業倫理ヘルプライン(相談窓口)」の設置を呼びかけている。今や多くの企業がグループ企業を含めて「企業倫理ヘルプライン」の整備を進めており、内部通報先については、複数のラインを設けているところも少なくなく、また顧問弁護士以外の弁護士に窓口を依頼する企業も増えている。
不正を見つけた従業員が内部通報をしやすいように多様な社内窓口を設けるとともに、フィードバックと対応措置を講ずる必要があり、社外に窓口を設けた場合には社内部門との連携を図る必要がある。自ら窓口を設けることが難しい場合には複数の企業が共同して外部の法律事務所あるいは団体に窓口業務を委託することも考えられる。その場合、調査対象者のプライバシーへの配慮と調査上の秘密を守るよう配慮しなければならない。留意しなければならないのは、内部通報制度は形にすぎず、制度を動かす人の行動如何が、制度の価値を決めるということである。
請負契約その他の契約に基づいて事業を行っている場合に、相手の事業者について公益通報をした場合も、保護の対象となる。この場合、当該労働者の所属する事業者と契約の相手の事業者との取引契約は保護の対象とはならない。外部通報の場合、営業秘密や個人情報も合わせて公表される可能性があり、その場合、取引先から契約解除や損害賠償等を求められるおそれもある。このような守秘義務との関係は、違法の程度など、事案の実態をみて総合的な見地から判断されよう。いずれにしても、仮に違法等があった場合にでも外部通報をされることがないよう、コンプライアンスに努めておくことが肝要である。
4.おわりに
以上のとおり、公益通報者保護法の施行に向けて、企業はより一層コンプライアンス経営に努めることが不可欠となってくる。各社におかれては、そのような自助努力に向けて、具体的な一歩を踏み出すことに期待したい。

