コンプライアンス経営実現のために
田中 宏司 立教大学大学院 経済学研究科 教授
経営倫理実践研究センター 主任研究員
ここ数年相次いだ企業不祥事の再発防止の観点から、従業員行動基準の見直しをはじめ、社内ホットラインの創設など、社員の遵法意識を高める制度や仕組みづくりの気運は高まっています。
そこで今号では、コンプライアンス経営を実践・推進するための課題について、公正で誠実な企業行動を社内に浸透させていくための方策を中心に、企業倫理研究に関しての第一人者である、立教大学大学院 田中教授から解説していただきます。
1.企業不祥事から学ぶ教訓
ここ数年、企業不祥事が相次いでいる。例えば、集団食中毒事件、リコール隠し、牛肉偽装問題、食品添加物、視聴率の不正操作、総会屋への利益供与事件、個人情報の流出など多種多様である。このような不祥事の多くは、企業側の役員、社員など当事者が、コンプライアンス(法令等遵守)や企業倫理を軽視して、「どこの会社でもやっていることだ」「ともあれ売上を伸ばし、利益につながればよいのだ」など、“企業の論理”を優先し、社会の常識を逸脱して行動したことが原因である。関係する企業は、「消費者、国民、社会の信頼」を損ね、営々として長年築いた企業の信用・ブランドがあっという間に失墜し、企業としての存続すら危ぶまれる事態も出ている。
このように関係企業は、その後消費者などの信頼を回復するために、リストラ、経営陣の一新など厳しく血のにじむような対策を全社一丸となって、長年にわたって実施しなければならない。その上、最近の企業不祥事は、いわゆる「内部告発」により発覚する事例が多い。「公益通報者保護法案」が、既に今期国会に提出されており、企業を取り巻く状況は一段と厳しくなっている。
最近の企業不祥事には、教訓となる共通現象がある。
第一に、「コンプライアンス違反」が主因である。最近の企業不祥事は、業務現場における緊張感の不足などのほか、従業員の意識変化や組織・制度の疲労に根差したものが見られるが、その多くが法令違反などいわゆる「コンプライアンス違反」が原因となっている。第二に、経営トップに対するマイナス情報の報告遅れが目立つ。不祥事発生時に、マイナス情報が現場にとどまり、経営上層部に対して実情が迅速に報告されていない。組織内における情報伝達が円滑に行かず、経営トップの適切な判断と対応が著しく遅れている。第三に、異常事態発生時の社内調査・対応が不十分である。企業では、「異常事態発生対応マニュアル」が用意されているものの、実際の対応や社内調査が不十分で、コミュニケーション不足が露呈している。第四に、コンプライアンス・企業倫理の確立と実践が不十分である。不祥事が発生した企業は、行動基準の周知徹底や日頃の教育・研修など実践面で、不十分な面が目に付く。第五に、経営陣の責任が不明瞭で、責任のとり方が遅く社会からあまり評価されていない。一般的に、不祥事発生に対して、経営陣の真摯な謝罪表明の遅れが目立ち、どことなく歯切れが悪い。さらに、経営上層部の辞任が、違法・不正行為の責任をとるという意識が希薄で、適切なタイミングを逸し、結果として、“危機の収束”が図られていない。
2.経営トップのリーダーシップ
企業がコンプライアンス経営実践のために最も重要な柱となるものは、次の四点である。
第一に、経営トップのリーダーシップ、第二に、コンプライアンス・企業倫理の遵守体制、フォローアップ体制の整備、第三に、教育・研修の役割と徹底、第四に、倫理ヘルプラインの整備と充実、である。
まず、経営トップは、コンプライアンス経営の実践および推進に際して、率先垂範してリーダーシップを発揮することが不可欠である。経営トップとしては、@経営理念、企業使命、価値観に基づいて、A事業活動において、法規範、社内規範、社会規範(倫理規範)を遵守することが必要であり、B中長期・年度計画に基づく企業使命の遂行を中核にしてコンプライアンス経営を推進することが何よりも重要である。ここに、私が考える「経営トップのリーダーシップ7か条」を参考として掲げる。
【経営トップのリーダーシップ7か条】
第1.コンプライアンス経営の実践方針を明示する。
第2.「行動基準」を策定・周知徹底し、あわせて公表する。
第3.コンプライアンス経営体制の構築と定着を図る。
第4.率先垂範して、自分の言葉でコンプライアンス経営を語る。
第5.自社のステークホルダーに対して説明責任を果たす。
第6.組織内に“自浄システム”を機能させる。
第7.コンプライアンス経営を企業文化にまで昇華する。
3.コンプライアンス経営実践システムの構築と実践
コンプライアンス経営を実践するためには、「コンプライアンス経営実践システム」の全体像を理解し
て、誠実に取り組むことが求められる
第一の倫理綱領、行動基準について、例えば資生堂では、2003年7月に1997年制定の「THE SHISEIDO CODE(資生堂企業倫理・行動基準)」を、時代と経営環境の変化に対応して全面的に改定した。第二の「遵守体制」には、担当役員・責任者の任命、担当部署の設置、教育・研修プログラムの実施、倫理ヘルプラインの設置などが不可欠である。例えば、富士ゼロックスでは、教育・研修をカスケード方式(職位の上位者が下位者に対して順繰りに行う研修方式)により、全社に周知徹底している。一方、資生堂では、各職場に、企業倫理の旗振り役として「コードリーダー」を約600名選定して全国に配置している。第三の「フォローアップ体制」には、全体を統括する倫理委員会(コンプライアンス委員会)をはじめ、現場の相互牽制をはじめ社内外の各種監査、アンケート調査などによる社内外の意識調査、従来の業績評価に加えて企業倫理業績評価を人事考課に組み入れることなどが大切である。例えば、三菱地所では、定例的にアンケート調査を実施して、問題意識を確認し、改善するなど効果を挙げている。また、富士ゼロックスでは、他社に先駆けて効果的に倫理監査を実施している。
4.教育・研修の徹底
企業が教育・研修プログラムを作成する場合に、私は次の3ステップをお勧めする。
第1ステップ
・ 目的:自社の経営理念、企業使命、基本的価値観などを十分理解し共有する。
・ 方法:トップマネジメントが、自分の言葉で、理念、ビジョン、志などを熱く社員に語りかける。
第2ステップ
・ 目的:倫理綱領、コンプライアンス・マニュアルなどの内容を理解する。
・ 方法:担当部署の責任者等が、コンプライアンス体制、運営状況に則して具体的に説明して、周知徹底する。
第3ステップ
・ 目的:事例研究により、参加者が討議を通じてコンプライアンス意識を高める。
・ 方法:具体的事例を取り上げて、現状分析をした後、対策・課題をまとめる。討議の成果を会社として共有し実務に反映させる。
具体的な教育・研修のプログラムの進め方は、次の体系を参照し各社の独自性を生かして実
施することが重要である。
【教育・研修の体系】
@業務・人事研修等の既存の研修とのタイアップ方式
既存の研修の中で一定の時間を取り、コンプライアンス研修を行う。わざわざコンプライアンス研修を単独で開催し受講生を集める必要がないため、主催者側、出席者側双方にとって効率的である。
Aカスケード方式
“経営トップが役員に、役員が本部長に、本部長が部長に、部長が管理職に、管理職が一般社員に”、という方式で、職位の上位者が下位者に対して順繰りに研修を行う。
Bコードリーダー方式
全職場・現場にコンプライアンスの旗振り役として「コードリーダー」を配置し、コードリーダーが主体となって、職場・現場内のコンプライアンス、活動を推進する。
5.倫理ヘルプラインの整備と機能の充実
倫理ヘルプラインは、コンプライアンスに関する照会、疑問、相談、報告など、通常の業務報告ルート以外の方法により、役員・社員の相談、照会窓口として機能する。主要な方法としては、専用電話、専用FAX、電子メール 、面談、文書 ・手紙などを活用する。
コンプライアンスの実践のためには、組織内における円滑なコミュニケーションが必要である。そのためには、役員・社員が業務運営上、コンプライアンスなどについて、「疑問がある」「判断に迷っている」などの場合に、何でも相談できる風通しの良い「職場環境」、「企業文化」を作り上げることが求められる。
「公益通報者保護法案」においても、組織内への通報と行政への通報が優先されている。誰に相談すれば良いか迷う社員に対して、何らかの救済手段が必要となる。
ここに、「倫理ヘルプライン運営のポイント」にまとめて示す。
【倫理ヘルプライン運営のポイント】
@ 相談窓口における相談・照会・通報などより、不利な扱いや報復・差別行為を受けることのないよう、ルールを厳守する。
A 相談者(通話者)の相談・照会内容の秘密を厳守する。
B 回答者は、コンプライアンス担当部署の特定のメンバー(複数)が責任をもって担当する。
C 相談・照会内容等を正式な記録として保管する。
D セクハラや弱者救済などにも配慮する。
E コンプライアンス委員会は、適正にフォローアップする。
6.企業の社会的責任
企業は、社会を構成する組織体であり、「社会の公器」としての役割を求められている。したがって、企業は「良き企業市民」として、果たすべき社会的役割や社会の発展のために行動する社会的責任がある。
企業は、第一に、基本的に事業活動を通じて優れた商品とサービスを社会に提供するとともに、雇用の確保、納税などにより、社会に貢献することが重要である(経済的責任)。第二に、法人として企業活動にかかる法令遵守をはじめ、コンプライアンス体制の確立と実践も重要である(法的責任)。第三に、取引の透明性、基本的人権、人間尊重、社会の信頼確保なども重視すべきである(倫理的責任)。第四に、メセナ、フィランソロピ−、地域貢献活動などの社会貢献的活動(社会貢献的責任)を果たすことが求められている。
各企業が経営トップのリーダーシップのもと、コンプライアンス経営の重要性を問い直し、社会的責任を果たして、持続的に成長・発展することを願っている。

