ホワイトカラーの労働時間管理
専修大学 経営学部 教授 廣石 忠司
昨今厚生労働省はいわゆるサービス残業に対する規制を強め、大手企業に対する摘発是正勧告相次いでいます。
特にこの11月は「賃金不払残業重点監督月間」として、監督署の重点監督が予定されています。そこで今号では、今一度労働者の労働時間管理−特にホワイトカラーに対して−を振り返り、長時間労働是正への取り組みを展望していくため、専修大学 廣石教授にご寄稿いただきました。
1.いわゆるサービス残業問題
労働基準法三十六条、三十七条では周知の通り法定時間以上に就労させた場合には時間外割増賃金を支払うことになっている。しかしながら、実際には法定時間以上に就労していても、その時間以下の割増賃金しか支払わない、もしくは全く支払わない、という状況がまれではない。報道によれば2002年に全国の労働基準監督署へ労働者や家族らから労基法違反などとして申告のあったのは前年比7%(2520件)増の約3万7500件。うちサービス残業を含む賃金不払いに関するものは同10%(2931件)増の3万73件であり、同年労基署が定期監督を行った事業所約13万2000カ所のうち1万7053カ所が割増賃金を支払っていなかったなどとして指導を受けている
(毎日新聞「法律ニュース」 http://www.mainichi.co.jp/life/law_building/news/200307/news_2003072910.html)。
当然このような措置は違法であるにもかかわらず、なぜこのような状況があるのか。上記の案件のうちどの程度がホワイトカラー関係のものであるのか定かではないが、おそらくかなりの部分はホワイトカラーに関するものであると考えられる。その理由も含め、ホワイトカラーの労働の態様を再考してみよう。
2.ホワイトカラーとブルーカラーの労働の違い
基本的に、この両者はどこが異なるのか。生産量と労働時間との関係に着目すると、ブルーカラーの場合には生産設備が稼働している間はそれだけ生産量(=アウトプット)が増している。労働時間と生産量がほぼ比例するのである。反対にホワイトカラーのアウトプットは労働時間に比例しているかといえば、そうとばかりはいえない。長時間頭を悩ましていても、いいアイデアが出るとは限らないし、逆にふとひらめいて、あっという間に企画ができあがる、というケースも想定できるのである。
時間外割増賃金制度は労働者の健康を考え、長時間労働を規制するものであるのと同時に、労働者に補償を行うものである。その根底には、長時間労働により生産量が増加したことに対する利益の配分という考え方も存在したのであろう。労働基準法は昭和二十二年の制定当時、ブルーカラーを主な対象としていたようにとらえることができるが(注1)、このように労働時間が企業への貢献が比例していると考えればつじつまがあう。
しかしながら、ホワイトカラーにおいてはこの論理が通じない職場が多い。結果として何も企画案を考えることができず、企業に対して貢献しなかった無駄な時間であっても、ブルーカラーと同じ理屈で時間外割増賃金が支払われるのである。これでは企業にとって時間外割増賃金を支払う原資がないのに割増賃金だけ支払うことになる。
こうした事態に対しては残業命令を発していたかどうかを基準として割増賃金支払いの必要性を考えるべきだ、という意見もあろう。この点はホワイトカラーに対する「暗黙の命令」が現場では多いことを指摘しておく。明示的に残業を命じているのではなく、「期限までに仕事を仕上げろ」という指示も、期限が迫れば残業命令が出ていると、部下からはとらえられる。残業命令の有無をもって時間外労働と認定するかどうかは決定的な基準とは言いにくく、「時間外労働が義務」という時間と「時間外労働は本人の自由意思」という時間との間のグレーゾーンが必ず存在し、しかもそのグレーゾーンはおそらく大変広いのである。こう考えると実務上は一定時間をもって残業手当を打ち切りとし、それ以上は「サービス残業」と扱ってしまうのも故なしとはいえない。
一方、ホワイトカラー達からは「命令がなくとも仕事をせざるを得ない」という意見もでてくる。仕事のことを考えている時間が労働時間であるとするなら、ホワイトカラーは仕事から解放されない、ともいえるからであるし、実際に極めて長時間の残業を余儀なく強制されるケースもあるからである(有名な電通事件を想起せよ)。ブルーカラーであれば職場から一歩外へでると基本的には仕事から解放される(少なくとも直接の生産活動からは逃れられる)。しかしホワイトカラーは企画を立て、文書を作成し、そのために思考を巡らせる。その場所は家庭かもしれないし、休日を割いているかもしれない。為替のディーラーなどは24時間、どこかの金融市場が開いているときには注意を払う必要もあろう。こうしたプレッシャーには大きなものがある。
反対に、自席のパソコンの画面を見ていたからといって、本当に仕事をしているかはわからない。ゲームをしていたり、私的にメールをやりとりしているかもしれない。また深夜まで在社していても仮眠をとったり、食事している時間もあるかもしれない。いずれにしてもホワイトカラーが実際に、どの時間「労働」しているかを外部から客観的に測定することは極めて難しい。
3.法制面の整備
以上のような問題意識もあって労働基準法に裁量労働制が盛り込まれ、今日では専門業務型、企画業務型の二種が存在している。結局ホワイトカラーの労働時間管理を労働者本人の「裁量」に任せ、その代わり何時間働いても一定時間を労働したものと「みなす」こととしたのである。確かに調子がのってきたら長時間働くが、どうもやる気が出ない、というときには顔を出しただけですぐ退社する、というように労働者本人に時間管理を委ねるとすれば、多くのホワイトカラーには朗報になるであろうし、労働基準法がホワイトカラーにも対応しようとした制度として評価することができる。
しかし、こうした制度を導入すると悪用する企業が現れることは容易に想像がつく。実際には労働時間管理を裁量に委ねない、すなわち命令で残業を強制している職場であるにもかかわらず、裁量労働制を導入して、時間外割増手当を支払わずにすませよう、という企業である(注2)。こうした企業を排除するために労働基準法は裁量労働制適用に対して厳しい要件を課した。特に企画業務型裁量労働制では筆者が講演などで表現する際には「使えるものなら使ってみろ」と言わんばかりの要件、と形容しているほどである。その詳細を述べる紙幅はないが、某企業が企画業務型裁量労働制を導入しようとした際、念のため要件にあてはまらない可能性がある、いわゆるグレーゾーンを除外したら、適用対象者が当初予定の十分の一になってしまった例。あるいは導入後必ず監督署が監督に入ることとされているが、適用対象者にならない、と指摘された人数が多く、結局裁量労働制自体を廃止してしまったという例も見聞している。
4.ホワイトカラーの労働時間管理
それでは、裁量労働制を適用しえないホワイトカラーに対してどのような労働時間管理を行うべきか。まず基本は自己の裁量に委ねる、ということである。時間で管理することはホワイトカラーの本来の業務にはそぐわない。そして申告された時間外労働時間に対しては割増賃金を支払うべきことは論を待たない。すると、「労働」していない時間にまで割増賃金を払う可能性がある、という反論も出てくるだろう。その通りだが、要求水準通りのアウトプットが出ていたか否かを評価し、賃金に反映させることで、コストを吸収することも考えられてよい。また定額の時間外割増賃金を支給することは一つの方策であるが、本来支払うべき金額がそれを超えた場合にはやはり差額を支払う必要がある。
一方で働き過ぎにより健康を損なうことを防止する義務が企業にはある。いくら「自己の裁量」といっても、健康を害しては何にもならない。働き過ぎの基準として、客観的な時間管理はやはり退社時刻であろう。退社時刻から算定していき、一定時間を超えそうになった場合には強制的に定時に帰宅させる。あるいは健康診断を受けさせる、といった措置が必要になるだろう。
そのためには何時に出社し、退社したのか記録を残すことが必要となる。従来は自己申告によるものが多かったと考えられるが、より客観的な「証拠」としてタイムカードの復活を考えることも必要かもしれない。時代に逆行することは重々承知しているが、裁量労働制対象者に対する労働時間の状況把握も必要である以上、タイムカードも一つの方策として否定しきれないのである。最新式のICチップ内蔵型のIDカードを用いた入退館管理も考えてみれば時刻の記録という意味ではタイムカードと何ら変らないのである。
5.人事労務管理諸制度と労働時間管理
さて、ホワイトカラーに即した制度ともいえる裁量労働制に立ち返ってみよう。筆者は本来、ホワイトカラーには原則として裁量労働制を適用すべきだと考えるものであり(注3)、ホワイトカラーの人事制度としては労働時間=裁量労働制、賃金制度=年俸制、人事考課制度=目標管理とした「成果主義賃金処遇制度」が妥当するものと考えている。逆から言えば、成果主義賃金処遇制度を導入するのであれば、裁量労働的発想がなければならないのである。
賃金を労働時間から切り離し、成果と結びつける考え方はホワイトカラーにおいて極めて説得力を持つ。問題はその評価と運用であり、成果主義賃金処遇制度に対する批判はこの点に向けられている。成果主義に肯定的な筆者にとっても、それらの批判の中には共鳴できるものが多い。それでは成果主義人事のマイナス面をいかに減少させ、労使双方にとって納得できるものとするか。この点については紙幅もつきたので、別の機会に論じることとしよう。
本文中の注について
(1)『日本労働法学会誌95号(2000年)』における土田論文は「当時はブルーカラー(工場制労働)が規制対象の中心であり…」と述べており、また同号の野田論文も労基法の法案において企業の「事務」職が労働時間規制の適用除外の対象としていたことを指摘している。
(2)労働時間による管理を離れ、創造性を発揮してもらい、その結果企業に高い業績をもたらすような成果を生み出す、というのが裁量労働制の制度趣旨であるのに、裁量労働セミナーで講演した際、多くの質問が人件費削減策に集中したという経験を持つ。裁量労働制(そしていわゆる成果主義人事制度も)人件費を下げるための制度と誤解している向きが非常に多いという印象を受けている。
(3)法理論上、ホワイトカラーのかなりの部分は管理監督者と同様に労基法41条の適用除外と位置づけた方が素直ではないかと考えている。もっとも、そのためには賃金が一定額以上である、などという要件も必要であろう。

