定昇の見直しの動向とこれからの賃金制度
(社)日本経済団体連合会 労働政策本部 副本部長
人事賃金センター長 茂出木 幸二
はじめに
今年の春季賃金交渉は、長引く不況を反映して大変厳しいものになった。また、多くの企業において定昇の見直しについての論議が活発に行われた。
2月以降、新聞や雑誌などで定昇の見直しに関する報道が目立っているが、本稿では、企業における最近の定昇見直しの動向を整理したうえで、定昇見直し後のこれからの賃金制度のあり方について述べたい。
1.定昇の対象と定昇の抑制・圧縮、凍結、延期、廃止の意味
今年は昨年以上に定昇の見直しが注目されている。ただ、定昇といっても、必ずしも定昇の定義が統一されているわけではなく、企業によってさまざまである。
各企業の定昇制度の実態をみると、定昇の対象となっている昇給は、「自動的な昇給のみ」「自動的な昇給+査定昇給」「自動的な昇給+査定昇給+昇格昇給」「自動的な昇給+査定昇給+昇格昇給+昇進昇給」とさまざまである。
最近、注目されている定昇の見直しの対象は、年功・一律的な性格を有している「自動的な昇給」である。職能給や職務給・役割給(職責給)などの査定昇給や昇格の際に昇給する昇格昇給、あるいは役職登用や上位役職への昇進の際の昇進昇給などは見直しの対象になっていないケースが多い。
定昇の抑制・圧縮、凍結、延期、廃止などの意味を整理すると、次のとおりである。
(1)抑制・圧縮
定昇の額を抑制すること、圧縮すること。
(2)凍結
定昇を実施しないこと。中止や休止も凍結と同じ意味である。
(3)延期
定昇の実施時期を延期すること。例えば、半年延期して秋に実施すること。
(4)廃止
定昇制度そのものを廃止すること。
2.最近の定昇見直しの傾向と特徴
従業員の高齢化の進行、年功賃金に対する疑問や不満の高まり、能力・成果に対するニーズの高まり、高い賃金水準、企業間競争の激化、企業業績の低迷、競争力の維持・確保の必要性などを背景に多くの企業で定昇の見直しが進められている。
最近の定昇見直しの傾向には3つの特徴がある。1つ目の特徴は年功的な定昇の見直し、2つ目の特徴は一律自動的な定昇の見直し、3つ目の特徴は定昇のある範囲型賃金から定昇のない単一型賃金への見直しである。以下にそれぞれの特徴の要点を紹介する。
(1)年功的な定昇の見直し
年功的な定昇の見直しとしては、年齢や勤続年数に基づく昇給や年功的な職能給の昇給の見直しが行われていることである。具体的には、年齢給カーブや勤続給カーブを寝かせて昇給を抑制・圧縮したり、ある一定年齢や勤続年数で昇給を停止していることである。また、年功的な職能給の昇給を抑制・圧縮したり、ある一定年数で昇給を停止していることである。
(2)一律自動的な定昇の見直し
年功的な定昇と関連するが、従業員の能力や成果に関係なく、毎年、一律自動的に昇給している定昇の見直しが行われている。具体的には、年齢や勤続年数に基づく昇給額を抑制・圧縮したり、一律自動的な昇給を停止していることである。また、査定のない職能給昇給から査定のある職能給昇給への見直しが行われていることである。
(3)範囲型賃金から単一型賃金への見直し
範囲型賃金とは、職能給や職務給・役割給(職責給)において昇給の幅を設定している賃金である。例えば、3等級の職能給は「30,000〜42,000円で3,000円ずつの昇給」という場合、「30,000〜42,000円」(12,000円)の幅、範囲がある賃金である。一方、単一型賃金とは、例えば、3等級の職能給は「36,000円のみ」という賃金である。
範囲型賃金から単一型賃金に見直す場合は、範囲型の中間の金額で単一型の賃金を設定するケースが一般的である(上記の例では、30,000〜42,000円の中間の36,000円で設定するというケース)。
範囲型賃金から単一型賃金に見直した場合、毎年の昇給を実施しなくてよく、上位等級に昇格、昇進する際の昇格昇給や昇進昇給を大きくすることができる。
3.定昇見直しとこれからの賃金制度
年功的で一律自動的な定昇の見直しは、今後ますます顕著になると思われる。その結果として、これからの賃金は、今まで以上に能力や成果を反映するものとなるが、その場合、能力や成果に対する評価のあり方が大変重要になってくる。
能力主義賃金としての職能給の充実や職能給表の作成と従業員への公開、成果主義賃金としての役割給(職責給)の充実や役割給表(職責給表)の作成と従業員への公開などと併せて職務遂行能力や役割(職責)の評価基準の整備・充実、適正かつ公正な評価が重要になってくる。
年功的で一律的な定昇を見直して能力や成果を反映する賃金制度を充実していくために必要な事項の一例を示すと、次のとおりである。社内で協力しながら、数年間で必要事項を計画的に準備、作成していくようにするとよい。
(1)年功的で一律的な定昇の見直し
(2)定昇見直し後の賃金体系の設計
(3)職能等級制度の設計
1.昇格基準の設計
2.降格基準の設計
3.職能等級制度規定の作成
(4)役割等級制度の設計
1.昇進(登用)基準の作成
2.降職基準の作成
3.役割等級制度規定の作成
(5)新賃金表の作成
1.職能給表の作成
2.役割給表(職責給表)の作成
3.賃金規定の作成
(6)評価基準の作成
1.職種別等級別の職能等級基準の作成
2.役割(職責)等級基準の作成
3.評価制度規定の作成
(7)目標管理制度(目標面接制度)の充実
1.目標管理シートの作成
2.目標管理制度規定の作成
(8)評価者のレベルアップ、公正な評価の実現
(9)本人評価制度(自己評価制度)の実施
(10)上記の関連規定・賃金表・シート類の従業員への説明と配布
企業倫理確立に向けて−不祥事防止のために−
(社)日本経済団体連合会 社会本部長 中村典夫
企業不祥事が後を絶たず、社会における企業への信頼が揺らぎつつある中で、昨年10月に日本経団連は「企業行動憲章」を改定しております。この改定憲章のポイントを踏まえながら、各企業が企業倫理確立に向けて取組む際の留意点を中心に、日本経団連社会本部長 中村氏より解説していただきます。
はじめに
経団連企業行動憲章の制定から11年、前回改定から6年が経った。この間の取組みは反社会的勢力との決別と言う面ではある程度成果をあげたと考えているが、昨今、消費者の信頼を裏切る企業不祥事が相次いで発生し、当該企業のみならず、経済界全体が社会の強い批判にさらされている。このような状況を踏まえ、日本経団連では、昨年9月9日に奥田会長が全会員企業代表者に対して企業倫理の徹底を呼びかけるとともに、10月15日の理事会において企業行動憲章改定をはじめとする不祥事防止策を決定し、その遵守を要請した。
本年1月21日に企業倫理トップセミナーを開催したところ、企業の会長・社長75名を含め、企業倫理担当役員など総勢440名の参加を得た。これは企業のトップが企業倫理の重要性を改めて強く認識していることの表れであろう。
以下において、日本経団連の取組みと、企業に求められる取組みを説明したい。
1.防止策策定にあたっての基本的考え方
経団連企業行動憲章は消費者や株主など各ステークホールダーとの関係や経営トップの役割を10カ条の行動原則にまとめたものであるが、制定の契機が総会屋への利益供与事件の続発であったことから、企業への呼びかけは、重点を反社会的勢力との決別に置いてきた。また、法律を守ることは当然として、さらに高い次元の企業倫理の実現を目指すという立場を採ってきた。
ところが、最近の事件の特徴は、企業の現場で法律違反をして、消費者やユーザーの信頼を損ない、企業が市場からの撤退を迫られる、あるいは営々と築き上げてきたコーポレートブランドを一夜にして無にするというものである。しかも、ほとんどが内部告発によって露見している。さらに、企業トップが適切に情報を公開することを怠たり、トップの不適切な対応が火に油を注ぐというケースも見られた。
そこで日本経団連では、1.企業倫理に関する経営トップのイニシアチブ強化、2.不祥事防止のための実効ある社内体制等の整備促進、3.万が一不祥事が起きた場合の対応、の3つの観点から具体的対策を検討した。
2.企業行動憲章改定のポイント
企業行動憲章については修正する必要はないという意見もかなりあったが、不祥事の性格が変化していることを踏まえ、最低限の改定を行うことにした。具体的には、今回の一連の不祥事を巡るキーワードが「コンプライアンス(法令遵守)の徹底」「消費者の信頼」「経営トップの対応」の三つに集約されることから、まず、憲章の目的を明確にするために「社会の信頼と共感を得るために」という副題を付け、前文においてコンプライアンスの徹底を強調した。さらに、第1条に消費者・ユーザーの信頼獲得を目指すことを盛り込んだ他、第9条、第10条において不祥事防止策の確立と発生時の対応及び問題解決について、経営トップが果たすべき役割と責任を明確化し強調した。
なお、実行の手引きも、憲章の改定に合わせて、各社の参考となる具体的アクション・プランをより充実させた。
※憲章と手引きはホームページ参照。
(http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/cgcb/charter.html)
3.企業に求められる社内体制の整備・運用
企業への具体的な要請としては、企業行動憲章の精神を実践する観点から、特に経営トップが実施すべき社内体制の整備・運用として、以下の7項目をお願いした。これはPLAN(計画)、DO(実施・運用)、CHECK(監査)、ACT(見直し)の法令遵守システム作りのプロセスを基本としている。
(1)行動指針の整備・充実(各社独自の企業行動憲章の策定等)
(2)経営トップの基本姿勢の社内外への表明と具体的な取組みの情報開示(ホームページ、年次報告書、社会報告書への掲載等)
(3)全社的な取組み体制の整備(企業倫理担当役員の任命、企業倫理委員会・担当部署の設置および権限の明示等)
(4)「企業倫理ヘルプライン(相談窓口)」の整備(通常の業務ラインとは別に、重要情報が現場から経営層に伝わるルートを整備、相談者の権利保護等に配慮)
(5)教育・研修の実施・充実(階層別、職種別)
(6)企業倫理の浸透・定着状況のチェックと評価
(7)不祥事が起こった場合の適時適確な情報開示、原因の究明、再発防止策の実施、ならびにトップ自らを含めた関係者への厳正な処分
これらの具体的取組みについては実行の手引きをご覧いただきたいが、例えば、(3)の全社的な取組み体制の整備では、1.代表取締役クラスの役員を企業倫理担当役員に任命する、2.企業倫理委員会を設置し定期的に会議を開催して、活動内容を年に1回以上、取締役会および監査役会(委員会等設置会社は監査委員会)に報告する、3.企業倫理推進担当部署を設置し、企業倫理委員会の事務局を担当する(権限を明確化)、ことが求められる。
(4)の「企業倫理ヘルプライン(相談窓口)」の整備では、1.通常の上司を経由した報告ルートとは別に、重要情報が現場から経営層に伝わるルート「企業倫理ヘルプライン(相談窓口)」を設置し、面談、eメール、ファックス、手紙等の方法で受け付け、相談内容については企業倫理担当役員および経営トップに伝えるとともに、適切な改善措置を講する、2.上記相談者の秘密保持と不利益扱いの禁止を第一義とする、ことが求められる。
(7)の不祥事が起こった場合の対応では、1.社会への説明責任を果たすため、対策立案を待たず、事実関係が明らかになった時点での迅速な情報公開を行なう、2.弁解ではなく率直な事実の説明に努める、3.マスコミ等への発表は極力経営トップ自らが行い、誠実な態度で率直に語り、責任と誠意のある企業姿勢を示す、4.外部(マスコミ)に対してのみでなく、企業のステークホールダーズに対する報告も行なう、5.社内のマスコミ等への対応窓口を一本化して混乱を避ける、等が求められる。
4.企業への支援活動
今回、企業に対して上記のように組織のあり方にまで踏み込んで要請したが、日本経団連としても、各社の不祥事防止策確立のために次のような支援活動を行なう。
(1)定期的なアンケート調査の実施と企業向け自己診断チェックリストの提供
(2)会員企業トップ向け相談窓口の設置
(3)経営トップ向けセミナー、企業倫理担当役員向け研修会等の定期的開催、事例集の提供
(4)「企業倫理月間」の設定(毎年10月)
(5)企業の相談に応じる企業倫理専門部署の設置(昨年11月、社会本部に企業倫理グループを設置)
おわりに
企業倫理への取組みは、決して後向きではない。品質や環境への取組みがそうであるように、企業倫理に積極的であるかどうかが企業の競争力の要因となる時代を迎えているのである。上司や経営陣を慮って何とか現場でうまく処理してしまおうと考えた結果が、企業の存続にも関る不祥事に発展してしまう。それを防ぐには、トップが企業倫理を何よりも重要と考えていることを日頃から機会ある毎に示していただくしかない。継続した取組みによる、風通しのよい企業風土づくりが求められている。

