環境リスク対策と企業経営
日本経済団体連合会環境安全委員会環境リスク対策部会長
住友化学工業株式会社 専務取締役 河内 哲
環境リスク対策に関る制度の整備が相次いでいます。土壌汚染対策法が本年2月に施工され、また現在、化学物質審査規制法の見直しが行われています。これらの制度及び日本経団連としての対応について日本経団連環境安全委員会環境リスク対策部会長 河内氏より説明していただきます。
土壌汚染とは
土壌が重金属や揮発性有機化合物などの有害物質により汚染されると、その土壌を直接摂取したり、土壌から溶け出した有害物質を含む地下水を飲用することにより人の健康に影響を及ぼすおそれがある。これまで、農用地については農用地土壌汚染防止法に基づき対策がなされてきたが、都市部の土壌汚染は明らかになることが少なかった。しかし近年、都市再開発などに伴って土壌汚染が顕在化し、土地取引などでトラブルになる事例が増えてきた。
土壌はいったん汚染されるとその影響が長期にわたって蓄積される。いま問題になっている汚染でも、元をたどれば大戦中や高度成長期に生じたものであることが多い。汚染原因者がすでに死亡・倒産したり、わからなくなっている例もある。
土壌汚染対策法の制定
土壌汚染対策についてはこれまでも、環境省がいくつかの基準や指針を定めており、自治体レベルでも条例や要網を整備する動きがあった。しかし、どこまで調査や措置を行えばよいのか、誰かが対策を実施し誰かが費用を負担するのかといった点について、統一的なルールがなかった。このため法整備へのニーズが高まっていた。
このような状況を受け、土壌汚染対策法が2002年5月に成立・公布、2003年2月に施行された。制度の検討の間、中央環境審議会における審議には私が委員として参加し、日本経団連としても、環境安全委員会環境リスク対策部会および同部会土壌汚染対策ワーキング・グループ(座長 古賀剛志・富士通環境本部長)において環境省と意見交換を行ってきた。こうした努力により、同法律は現実的な形のルールになったと理解している。
土壌汚染対策法の概要
同法律は、汚染状況の把握方法および健康被害を防止するための措置を定めることにより、国民の健康の保護を図るものである。対象となる物質は、鉛、ヒ素など土壌中に高濃度で長期間蓄積しうると考えられる物質、およびトリクロロエチレンなど地下水に溶出すると考えられる物質である。
汚染状況の把握のための調査は次のような一定の契機をとらえて行われる。
(1)有害物質使用特定施設(有害物質の製造、使用、処理をする施設で、水質汚濁防止法に規定)がある事業場の使用が廃止されたとき、土地所有者は、土壌汚染の状況を指定調査機関に調査させて、結果を都道府県知事に報告しなければならない。
(2)土壌汚染又は土壌汚染が存在する蓋然性の高い土地であり、かつ人への健康被害が生ずるおそれがあるとき、都道府県知事は、土地所有者に対して、汚染状況の調査を命ずることができる。
従って、操業中の事業場は、健康被害が生ずるおそれがない限り、調査の義務が課されることはない。
調査により環境基準を超える土壌汚染が判明したら、その土地は指定区域に指定され、都道府県の台帳に登録される。この台帳は閲覧に供される。指定区域の土壌汚染により健康被害が生ずるおそれがあるとき、都道府県知事は、土地所有者に対し措置を命じる。措置命令の内容は、立入制限、覆土・舗装、汚染土壌の封じ込め、浄化など、リスクの種類や程度に応じて定まる。土地所有者は措置に要した費用を汚染原因者に対して請求できる。
土壌汚染対策法の評価
環境省調査によれば、1998年以降、土壌汚染が明らかになる事例が急増しているが、これは規制が強化されたというよりは、企業の自主的な調査が全国に広まってきたことを反映している。企業が進んで負の遺産の解消に取り組んでいる中、土壌汚染対策法の規定によって、国として統一的な考えが示されることは望ましいことである。
本法律が調査の契機を事業場の廃止時や用途変更時に限定している点、すべての土地について一律の浄化を求めるものでない点などは、合理的なルールとして評価できる。これまで自治体によってばらばらだった条例や要網に対しても、本法律が基本的な法律として実効あるものになることが期待される。また、企業による自主調査などの前向きの努力を本法律により加速させる必要もある。
本法律は工場運営の実態を踏まえて合理的な形で運営されることが望ましい。今後法律を実際に運営する段階で様々な問題が浮かび上がってくるであろうが、こうした点についても現実に即した形で、市民、自治体の理解を得ながら、国民の健康の保護という本法律の本来の目的が達せられることを切に希望する。
化学物質管理
化学物質は産業や国民生活にとって不可欠の存在である。一方、化学物質の中には何らかの有害性を有するものもある。PCBのような難分解性、高蓄積性、長期毒性という性状を有する化学物質は、長期間環境中に残留し人の健康に危害を及ぼすおそれがある。我が国においては、1973年に「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」が制定され、化学物質の性状によっては製造、輸入、使用等を規制する仕組みが導入されている。
化学物質管理制度の見直し
化審法の施行から30年を経る中、化学物質の審査・規制制度を巡る国際的な動向、昨年1月のOECDによる環境保全成果レビューの勧告等を踏まえ、化学物質の環境中の生物への影響に着目した新たな対応とともに、更にリスクの観点から効果的かつ効率的な化学物質の評価・管理を行うため、昨年10月より環境省、経済産業省、厚生労働省の3省の合同委員会において化学物質の審査・規制制度についての見直しが検討され、先般その報告が取り纏められた。
見直しの一つ目が環境中の生物への影響に着目した化学物質の審査・規制についてである。具体的には、(1)生態毒性に関する事前審査の導入で、これは化審法の新規化学物質の事前審査において、試験結果を用いて生態毒性の評価を行うことや(2)生態毒性がある化学物質がある化学物質に対する規制の導入で、これは生態系への影響の可能性を考慮した管理を促す措置及び生活環境に係る動植物への被害を生ずる恐れのある化学物質に対する製造・輸入制限等の規制を導入することなどである。
見直しの二つ目としてリスクに応じた化学物質の審査・規制制度の見直し等についてである。具体的には、(1)難分解性及び高蓄積性の性状を有する既存化学物質に対する対応で、これは既存化学物質について長期毒性の有無が明らかになるまでの間、製造・使用実態に応じ、製造数量等の届出など法令により一定の管理下に置くことや(2)暴露可能性を考慮した新規化学物質の事前審査制度の見直しで、これは環境汚染による暴露可能性が低い新規化学物質については、事前の確認及び事後の監視によりこれが担保されることを前提として、届出対象から除外したり有害性項目に係る審査を段階的に行うといった柔軟な対応を可能にすること、また(3)既存化学物質の有害性評価・リスク評価の推進などである。
三つ目には化学物質管理に係る関連諸制度間の一層の連携や整合性のある運用やリスクコミュニケーションの促進のための化学物質に関する情報の整備が挙げられている。今後、今通常国会で審議される予定となっている。
日本経済連としても、私が環境安全委員会環境リスク対策部会長として経済産業省の産業構造審査議会に参加し、産業界の意見を申し入れてきたところである。
化学産業界では、以前からレスポンシブル・ケア活動のもと、MSDSの整備はじめ化学物質の管理については自主的取組みを進めてきたところであるが、今後、更に強化していくことが必要である。また社会に対しては今まで以上に自らの取組みを公表し、社会とのリスクコミュニケーションを積極的に進めていくことが大切であると考えている。

